23. 「感じ」のボキャブラリー

糸井

話していると痛感しますけど、
まず、ぜんぶの前提になるのは、
「よくないぞ」って気づくことですよね。
つまんなくなっちゃったぞって思えないと、
アイデアも生まれない。

宮本

そうですね。

岩田

はい。

糸井

体裁としてはこれでできてますね、
っていうことでOKしちゃうと、
それはずっとつまんないままなんですよね。
だから、よくないぞ、とか、
このままじゃつまんないぞとか、
そういうことに気づくことさえできたら、
もう、だいたい大丈夫だとさえ言える。

宮本

うん。
あの、ぼくは『マリオ64』のとき、
ずーっとつくってるあいだに、
途中で、つまらなくなってることに
気がついたんですよ。

糸井

おーー、いいねぇ(笑)。

岩田

わくわくする語りだしですね。

宮本

そんな(笑)。

糸井

いや、怖ろしいひとことですよ。
あの『マリオ64』をつくっている最中に、
宮本茂が「つまらなくなってる」と気づいた。

岩田

しかも、自分で必死につくってる最中ですからね。

糸井

で?

岩田

どんなことに?

宮本

ふっと思ったんですよ。
なんか、人が遊んでるのを見たときだったか
憶えてないんですけど、「あれ?」って。
それで、周囲に聞いて回ったんですよ。
「最初のころ、すごくたのしかったのに、
 いま、あの感じがなくなってない?」って。
そしたらやっぱり、そうですね、と。

糸井

うん。それはなんだったの?

宮本

まぁ、単純なことで、
マリオが向きを変えるときの動きなんですけど、
最初のころは、どちらかというとこう、
ゆっくりと、もったいつけるような感じで、
「くぅ〜〜」と旋回してたんです。
ところがそれがいつの間にか
「シュッ」「シュッ」と向きを変えるようになってて。

糸井

ああー。

宮本

それでもう一回、
「くぅ〜〜」っと回るように変えたんです。
まぁ、それが、ほんとに
よかったのかどうかわからないんですけど、
ぼくにとっては大事なことだったんですね。
というのも、そもそも『マリオ64』は、
そういう動きが最初にあって、
はじめたプロジェクトだったんですよ。

糸井

あ、なるほど。
つくってるうちに、そこを忘れちゃったんだ。

宮本

そうなんです。
で、ぼくのえらいところは、
最初の頃の質感と違うぞって気づくことなんですよね。

糸井

「ぼくのえらいところ」(笑)。

宮本

(笑)

糸井

お互いに、自分で自慢し合わないとね(笑)。

岩田

(笑)

宮本

そういうところに気づく人が出てくると、
ある程度、任せても大丈夫かなって思うんです。

糸井

ああ、そうですね。
それは、なんだろうね、
その「感じ」を憶えているんだろうね。
よくなったり、わるくなったりしたときに、
言語とか概念とかじゃなくて、
「感じ」を憶えているっていうか。

岩田

なにがよくてはじめたのか、
最初の動機になった「感じ」を憶えてる。
そこからなにがどう違っているかっていう
「感じ」も憶えてる。

糸井

つまり、「感じのボキャブラリー」
っていうのがあるんだよ。
たとえば香りの世界には
「調香師」っていうプロがいて、
世界中の香水はそういう人たちが
嗅ぎ分けながらつくってるらしいんです。
ぼくらが嗅ぎ分けてる香りが10種類だとすると、
彼らはそれをまた10種類ずつに分けて、
さらにそれをまた分けて・・・っていう感じで
千も万もの香りを嗅ぎ分けるんだと思う。

宮本

うん、うん。

糸井

で、それは、宮本さんにとっての、
「気持ちのいい動き」の「感じ」だと思うんですよ。
「くぅ〜〜」って振り向くとか、
「シュッ」と振り向くとか、
「ぴょん」とジャンプするとか。
その「感じ」の種類を宮本さんは
細かく「感じ分ける」ことができるんじゃないかな。
あの、ほら、どこの国の話だったか忘れちゃったけど、
雨を表す言葉が100もある、みたいなさ。

宮本

ああ。

岩田

ああー、はいはいはい。

糸井

日本語でいうとさ、
「しみじみとする」とか、「瑞々しい(みずみずしい)」とか、
言いようのないボキャブラリーがあるじゃない。

岩田

喜怒哀楽で片付かない
もっともっといろんな種類の感覚が。
だから、宮本さんは、
ゲームを触って感じたものの分解能が細かいというか。

糸井

そうそうそう。
だから、ひとつひとつの「感じ」を
テイスティングできるんだよ。