社長が訊く Wii プロジェクト - Vol.1 Wii ハード編

はじめに
みなさん、こんにちは。任天堂の岩田です。
Wiiという、これまでにない、新しい提案に満ちたハードが
いったいどのような意図で作られたのか、現場で開発に関わった人の声をもとに、
本日から少しずつみなさまにお伝えしていきたいと考え、
(おそらく世にほとんど前例がない)ユニークな連載を始めることにいたしました。
自分で自分の会社の社員に取材するという、幾分変わった試みではありますが、
私自身、Wiiというマシンができた経緯や背景を、
開発者の声を通してあらためてきちんと確認し、残しておきたいという思いもあります。
当事者でしか訊けないこともたくさんあると思いますので、
どうぞ、よろしくお願いいたします。


岩田  聡 [取締役社長]
岩田  聡 [取締役社長]
竹田 玄洋 [専務取締役 総合開発本部長]
竹田 玄洋 [専務取締役 総合開発本部長]
高本 純治 [総合開発本部 開発部]
高本 純治 [総合開発本部 開発部]
芦田 健一郎 [総合開発本部 開発部]
芦田 健一郎 [総合開発本部 開発部]
塩田  興 [総合開発本部 開発部]
塩田  興 [総合開発本部 開発部]

第1回「最先端の技術を、これまでにない使い方で」

岩田 完成したWiiを前にして、私は思うのですが、
ふつうにゲームの新しいハードを作ろうとしたら、
こういうものはきっとできないと思うんです。
なぜWiiは、こういうマシンになったのか。
どういう考えのもとにWiiというものはできたのか。
それを、この連載を通してお伝えしていきたいと思っています。
まず、プロジェクト全体を統括して見ていた竹田さんに訊きます。
いちばん最初に「こういうハードを作ろう」と思っていたときのこと、
そして、最終的に完成したWiiを見ての感想などを教えてください。

竹田 Wiiの開発が始まったのは、
ゲームキューブがリリースされてすぐのころです。
私たちは、ひとつのハードが形になると
すぐにつぎのマシンを考え始めるわけなのですけど、
当然ながら、すべての部品や技術にイチから着手するわけではなく、
世の中にあるテクノロジーをベースにしていかなくてはならないんです。
というときに、テクノロジーの世界にはいわゆるロードマップ
(将来公開される予定の技術や製品をまとめた図表、計画)
というものがあるわけでして、
半導体の技術が将来どういう方向に進化するか、
ディスクやワイヤレスの進化がどういう方向に向かうかといったことは
おおまかな予測が、個々の業界の中でたてられているわけです。
一般的な技術者、開発者というのは、そのロードマップを参考にしながら、
将来、リリースするマシンを作っていくわけですが、
いま、できあがったWiiをあらためて見てみると、
一般的なテクノロジーのロードマップの延長上にある機械とは
まったく異なるマシンになったなという印象がありますね。

岩田 なぜ、ロードマップの延長上にないマシンになったと思いますか?

竹田 これは逆説的な考え方になりますが、
従来のロードマップをそのまま踏まえるなら、
「より速く、より豪華に」というふうになったと思うんです。
つまり、豪華な映像を速く映し出す、という方向ですね。
しかし、その方向に進んだとして、
お客さんにどれほどのインパクトがあるだろうかと感じたんです。
より豪華にするときの開発側の苦労やコストと、
お客さんに新しさを感じてもらうことの効率の悪さ。
そういったものを、開発の途中で感じるようになりました。

岩田 それはいつごろから感じられました?

竹田 Wiiの開発を始めてから1年くらい経ったころでしょうか。
開発のパートナーとなる会社の方と話していくうえで痛感したのですが、
「もっといいものを!」というふうに求めていく
人々の要望というのは、臨界がないんですね。
1を得た人がつぎに2を得て、
つぎに求めるのが3かというとそうではなくて、
5を、10を、30を、100を‥‥というふうに、
要望は加速度的に上昇していくんです。
そこを追求していくと、とんでもないことになってしまう。
そこに違和感を感じ始めたのが、開発して1年くらい経ったころです。

岩田 それでは、より具体的に
Wiiのテクノロジーに関わっていた塩田さんに訊きます。
まず、何を担当していたかを簡単に説明してもらえますか。

塩田 はい。私が担当しましたのは、このWiiの中の半導体の開発です。
といっても、半導体の開発というのは
任天堂が直接手がけるわけではありませんから、
パートナーとなる会社の方といっしょに開発してまいりました。

岩田 半導体の開発というのは、新しい機械の性能を決めるうえで、
たいへん大きなファクターになると思います。
Wiiの開発当初に予想していたことと、できあがったもののあいだで、
違ったこと、あるいは違わなかったことなど、教えてください。

塩田 すごく大づかみに言ってしまうと、
半導体の土台となる部分の要素技術というのは、
どの機械でも、それほど変わらないんです。
ただ、その要素技術の使い方は、機械によって違ってきます。
Wiiは、いわゆる最先端の半導体技術を駆使していますが、
その最先端の技術の使い方というのが、
ほかの機械とは大きく違っているんです。
ですから、最先端の半導体技術を使用するという部分では
開発当初の予想から大きく外れませんでしたけれども、
使い方の部分が予想していたものとは違う形になっています。

岩田 具体的には、どういうことでしょうか。

塩田 さきほどの竹田さんの話にもありましたが、
ふつうに新しい半導体技術を使っていこうとすると、
よりハイパフォーマンスに、ゴージャスに、という方向に進んでいきます。
CPUでいえば、演算能力をどんどん高めようとする。
使用電力は増えますし、チップも大きくなります。
それを実現させるためには、当然、高い半導体技術が要求されます。
しかし、その最先端の半導体技術を、
いま言ったような豪華な方向に向ける使い方もあれば、
まったく別な方向に使うという選択もあるわけです。
たとえば、同じ最先端の技術を使えば、
「チップを小さくする」ことができます。
Wiiでは技術をそういった方向に利用して、
機械の消費電力を可能な限り小さくしているんです。
チップが小さくなれば、マシンの大きさ自体を小さくすることができる。
チップを小さくして消費電力を低くおさえれば、
いつでも電源を入れておくことが可能になるんです。
ほかの機械と同様に最先端の半導体技術を使用しながら、
その使い道が大きく異なるというのは、そういうことです。

岩田 一般的に、高性能であることを嫌う技術者はいないと思います。
開発中、Wiiというマシンの方向性が、
必ずしもハイパフォーマンスに向かわないと決まったとき
技術者としての葛藤はありませんでしたか?

塩田 葛藤は、ありましたね。もっと正直に言うと、不安も感じました。
ロードマップと違うことをするというのはやはり勇気がいることですし。
とくに、「この機械でいったい何をするのか?」というのが
まだ見えていなかったころは、不安が大きかったです。
消費電力を小さくするというハードル自体は、超えることができます。
実際、開発の早い段階で、消費電力をおさえる見通しはたちました。
けれども、それがどういうふうにゲームに活きるのかが明確でないと
やはり不安や葛藤は消えないんですね。
ですから、この選択が間違っていない、と確信できたのは、
「毎日、何か新しいことが起きる機械」という
Wiiのコンセプトがはっきりとした形で打ち出されてからです。
24時間、通電することでそれが可能になるわけですから。

岩田 Wiiがこういうマシンになるまでの道のりのなかで、
開発のターニングポイントとして
印象に残っている出来事はありますか。

塩田 そうですね、消費電力を小さくすることに苦心していたころ、
最先端の半導体技術を使用すると、
これまでの機械の消費電力がどうなるかというのを
シミュレートしてみたことがあるんです。
すると、ゲームキューブにこの技術を応用させた場合、
消費電力がゲームキューブで使用していた半導体の
4分の1から3分の1になることがわかりました。
その結果を見たときに、これはすごいなと思いました。
もちろん、それは単純にデータとして驚いたというのもあるんですが、
任天堂という会社の独自性を感じた瞬間でもあるんです。
ふつう、新しい機械を作るときというのは、
「これまでよりCPUが何倍速くなるか?
メモリーは何倍積まれるか? ポリゴンは何倍表示されるか?」
という部分で競争していくわけですが、任天堂は
「いままでと同じことをさせて、電力を何分の1にできるか?」
という議論をしていたわけです。

岩田 どうしてそういう議論ができたんでしょうか?

塩田 やはり、任天堂という会社が、いつも、
「何か変わったことをしたい、新しいことをしたい」
と思い続けてきたからではないでしょうか。
内部でもそうですし、ほかの会社へ向けても
つねにそういったメッセージを出していましたから、
開発のパートナーとなる会社の方も、
自然と新しい技術やアイデアを提案してくださるようになりました。
そういう環境の中で、Wiiという
「ふつうに作ったら、できないマシン」が生まれたんだと思います。

竹田 当然のことですが、性能が二の次、というわけではないんです。
「ローパフォーマンス、ローパワー」は誰でもできる。
「ハイパフォーマンス、ハイパワー」を、ほかの人たちは目指す。
そういうなかで、私たちはWiiで
「ローパワー、ハイパフォーマンス」というのを追求したわけなんです。
技術的にも性能的にも最先端なんですけど、
目指す方向がこれまでの機械とはまったく違うんですね。
たとえば自動車の進化を考えてみても、
一直線上にみんなが並んで進んでいるわけではありません。
速さを競う一方で、ハイブリッドカーに世界的な注目が集まったりしている。
これまでのゲーム機の進化というのは、
基本的には、エンジンのパワーを競っていたと思うんです。
けれども、すべての車がF1に出るわけではありません。

塩田 ハイブリッドカーが環境性能という新たな軸を生み出したように
Wiiは新しい価値を見出したと思っています。
といっても、「技術競争から降りた」というわけではありません。
むしろ、技術的に高度なことは、山ほど詰め込んでいます。

竹田 最先端の技術をいままでにない方向に使うというのは、
その技術を使って、たんに高性能を目指すことよりも
よっぽど難しく、複雑で、技術力のいることなんです。
システム的にもWiiは、ニンテンドウ64やゲームキューブとは
比べものにならないほど複雑になっています。
しかも、Wiiは、ゲームキューブと互換性を持っていますから、
新しいことを目指すだけでなく、昔の機能も残しておかなくはならない。
正直、簡単なことではありませんでしたが、
自信を持って世の中に提案できる、
新しい魅力に満ちたマシンができたと感じています。


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