社長が聞く Wii プロジェクト - 番外編!

番外編の、はじめに
「社長が訊く」シリーズを楽しみにしてくださっているみなさま、はじめまして。
この記事を構成、編集している「ほぼ日刊イトイ新聞」の永田と申します。
(※ほぼ日刊イトイ新聞とは、糸井重里が主催するホームページです)
これまでぼくは、岩田さんがインタビューをしている現場に同席させていただき、
ライターとしてその対談を記事にまとめることを担当していたのですが、
何回目かの取材のあとで、岩田さんから、本当になんの前触れもなく
「番外編として、ふたりで話しませんか?」という突然の提案を受け、
いったいどうなるのかわからぬまま、思いがけずテープを回すことになりました。
そんなわけで今回は、番外編として「訊いてる社長に訊く」をお届けします。
ちなみに、1回だけですので、どうぞ、ご容赦くださいませ。
次回からはWiiのソフト編(『Wii Sports』です!)が始まります。
本連載のあいだの箸休めとして、少々長いですが、お読みいただければと思います。
どうぞ、よろしくお願いいたします。


「訊いてる社長に訊く」

  - そもそも、どうしてこういうことを始めようと思われたんですか?

岩田 最初のあいさつにも書きましたけど、やっぱり私は、
どうやってWiiというものができていったのかということを、
きちんと語って残しておくべきだと思ったんですね。
今回、任天堂は非連続な変化をするということをテーマに、
「レボリューション(※Wiiの開発コード名)」
なんていう大げさなコードネームのハードを作って、
これまでのやり方を劇的に変えようと思ってやってきた。
それは決して平坦な道ではなかったし、
ほとんどゴールが見通せないような状況での作業でした。
その過程は絶対に残しておきたいと思ったんです。
しかし、企業側が「こういう思いで作りました」というのは、
知りたいと思ってくださる方にとってみると
貴重でおもしろい話かもしれませんが、そうでない人にとっては
「こういう思いで作ったから、聞いてくれ」
という押しつけにしかなりませんよね。
それで、どうしようかと考えていたんですが、
任天堂のホームページでなら、
読みたいと思う方がいつでも自由に読みに来ることができるので
Wiiの制作過程や私たちの考えを連載するのには
ちょうどいいんじゃないかと思ったんです。

  - ご自分でインタビューアーを務めようと思われたのは?

岩田 ひと言でいってしまうと、
いまの任天堂の会社の構造なら、できると思ったんです。
いちおう、私は社長としてWiiのプロジェクトについて
すべての決裁に関わっていますから、
客観的にみて、「こういうふうにWiiはできたんだよ」
ということをお客さんに伝えるときに、
誰かが案内をするとしたら、私がやるのがいちばん話が早い。
それは、あまり例のないことでしたけど、
いまの任天堂という組織なら、できるんじゃないかなと。
ただ、いちばん大きなハードルは、
取材のやり取りの中から重要なエッセンスをきちんと取り出して、
わかりやすく、よみやすい形の文章にするということでした。
これは、きちんと説明しておきたいので、
完成原稿に残してほしいところなんですけど(笑)。
私は、スピーチや講演のときには、原稿を全部自分で書いて、
プレゼン資料まで自分で作らないと気が済まないタイプなのですが、
今回の一連のインタビュー企画を進めるうえで、
私自身には、自分で文章を構成する時間は絶対にとれない。
でも、私を含めてインタビューを受けた人たち全員が
つねにお客さんにとってわかりやすい表現で
的確な順序と言葉で話し続けるということは不可能ですから、
やはり一定の構成力のある人が手伝ってくれないと
この企画は成り立たないなと思ったんです。
で、最初に私の頭に浮かんだのが、
ゲーム雑誌にお勤めのころからおつき合いがあって
いまも「ほぼ日」でやり取りが続いている永田さんだったんです。

  - ありがとうございます(笑)。
おもしろい経験をさせてもらっています。

岩田 逆に永田さんに訊いてみたいんですけど、
この取材に立ち会っていて、どうですか?

  - そうですね、まず、個人的に驚いたのは
岩田さんがWiiプロジェクトの詳細だけでなく、
社員の方の人柄のようなことまでわかってらっしゃることです。

岩田 それはちょっと言い過ぎですね(笑)。
だって、任天堂は1300人以上の社員がいますから。
さすがに全員は把握できていないですよ。

  - でも、この席に呼ばれる人については
おおむね「あなたはこういう人ですから」というような理解が、
それも相互にあるように感じられます。

岩田 まあ、任天堂が抱える商品の分野が
ある程度絞られているからでしょうね。
また、私自身、開発者出身ですから、
開発する人のマインドが、ふつうの経営者よりは
理解できているというのも大きいかもしれません。

  - はい。それは強く感じます。

岩田 その土壌があるうえで、Wiiのプロジェクトについては
ほんとうに、いちから一緒に考えて悩んできましたからね。
同じ壁に当たって悩んで、重要な決断は一緒にしてきましたし、
節目、節目で、竹田さんや宮本(茂)さんをはじめ、
たくさんの人たちと実際に話を交わしてきましたし。
その意味では、自分がWiiを作るうえで
中核的に参画しているという事実がなにより大きいかもしれません。

  - 昔、プログラムを書くという形でゲームを作っていたときと
いまWiiというハードを作っているときでは
ものを作っているときの意識は違いますか?

岩田 もちろん考えることの量や質は圧倒的に違いますが、
根本的な意識や姿勢はそれほど変わりません。
私はいま、昔のようにプログラムを書く時間がないので、
プログラムを書くという形では参加していないですけど、
自分も作り手の中のひとりだという意識ははっきり持てています。
ここで開発者の人たちと話をするときも、
自分が当事者なので、当事者として、話をしていますね。

  - 以前、「ほぼ日刊イトイ新聞」の中で
糸井重里との対談をお願いしたときも、岩田さんは
「つねに自分は当事者でありたい」とおっしゃってました。

岩田 そうでしたね。

  - その意味では、この企画のおもしろさというか、前例のなさは、
「当事者が当事者にインタビューしている」ことだと思います。

岩田 そうですね。当事者が話をしていけば、
外からきたインタビュアーの方が訊けない深さで
話ができるんじゃないかと思っていまやっているつもりですから。
事実、開発の一部始終はわかっていたはずだし、
大事な判断には自分は参加していたにもかかわらず、
関わった人にここに座ってもらって質問していくと、
知らない話やおもしろい話が山ほど出てくる。
「ここに悩んでいたんだ」とか、「これが鍵だったんだ」とか、
「あ、こんなことを考えていたからこうなったのか」
といった話がいっぱい出てくる。
それはおもしろくてしようがないですね。

  - それは、同席して話を聞いているだけのぼくにとっても
すごくおもしろいところですね。

岩田 ええ。だから、たぶん永田さんは、
私がいかにこのインタビューを楽しんでいるかというのを
いちばん近くで見て、感じているんじゃないかと。

  - はい。
だいたいのところは、岩田さんもご存じなんですよね。
表面的に見えているところというか、
植物の土から上の部分みたいなところはだいたい把握されている。
で、その花や葉っぱを手がかりに質問をしていくと、
根っこの部分がずるずるずるっと出てくる。
そこに思いがけない根っこを発見したときに、
岩田さんがすごくうれしそうな顔をされるんですよね。

岩田 ああ、なるほどね。
いや、おっしゃるとおりでございます(笑)。

  - それは、同席される開発者の方も同じで、
岩田さんだけじゃなく、開発者の方もにこにこしていますよね。

岩田 自分のところの社員をこう言うのはなんですけどね、
ひと仕事終えた男たちのいい顔ですよね(笑)。

  - (笑)。
なにか、年齢とか肩書きを超えたようなところで
同じ価値観を持った人たちがひとつの大きな仕事を
いっしょにやり終えようとしているからこそ、
ああいういい顔になるんでしょうね。

岩田 そうかもしれませんね。

  - あの、ぼくがふだん、ゲームの開発者の方に取材するときって、
どうしても、商品が出終わってからになってしまうので、
後悔に入り始めている方が多いんですよ。

岩田 あああ、なるほど。発売された後ですからね。

  - そうなんです。真摯にものを作っている方ほど、
「ああ、あそこはああしておけばよかった」みたいな、
後悔モードに入っていることが多いんです。
そういう中でたくさんの取材を受けて、
同じようなことをしゃべっているということが多いものですから
ああいういい顔をされることはなかなかないんです。
この取材って、ぎりぎりまだマスターアップしていないという
状況で話してくださっているので、
こう、ゴールのテープを切る寸前のところの
ちょっとハイな感じがあって、おもしろいなあと。

岩田 たしかに、そのハイな感じはありますね。
でも、その一方で、今回のWiiのもの作りが、
これまでの開発とは明らかに違うものだからこそ、
ああいう表情になっているんじゃないかとも思うんです。

  - ああ、なるほど。
それはたとえば、ゲームキューブを作っていたときとも
まったく異なるんでしょうか。

岩田 もちろん、ゲームキューブというハードや、
ゲームキューブ用に作った商品に
価値がなかったというつもりはさらさらありません。
ただ、やはり、ゲームキューブのときは、
従来のものと連続したものの上になにかを作っていたんですよ。
ところがWiiの場合は、すごく非連続な次元に、
ぽーんと飛んだ印象があるんです。
その飛躍があるからこそ感じるワクワクしたものとか、
達成感があるんじゃないかと思ってるんです。
もちろん彼らも私も、実際にWiiが出て、
お客さんからいろんなご批判も含めた反応をちょうだいした後は、
「ああ、あそこはもう少しああしておけばよかったな」
ということが起こってくるとは思うんですよ。
やっぱり、誰にとっても完全な商品というのはありませんから。
ただ、このWiiという、
得体の知れない新しいものができたということについての
達成感や満足感というのは、
発売したあともずっと残るんじゃないかな。
そういう手応えがあるんです。

  - 新しいものへの挑戦、飛躍ということでいうと、
こういう言い方はよくないかもしれませんが、
ある種の「賭け」でもあると思うんです。

岩田 そうですね。これまでの延長線上にないということは、
成功が保証されていないことはもちろん、
「最低こうだ」とか「悪くてもこうだ」という
開き直りすら、できにくいことでもある。
ひょっとしたら、おおすべりするかもしれない。

  - そう思うんです。
なのに、ここに座る人たちには
「悲壮感」がまったくありませんよね。

岩田 それは、おそらく、その段階を
もうとっくに乗り越えているからじゃないですかね。

  - あああ、なるほど。

岩田 これまでの取材でもあったように、
開発の当初というのは、個々に不安があったと思います。
技術的なこと、目指すものが具体的に見えていなかったこと、
会社の方針がうまく理解できなかったことさえあったと思います。
やはり、人と違う道をとるというのは、本来恐怖ですから。

  - そうですね。

岩田 「みんなで進めば怖くない」というのが、
いまのふつうの社会での生き方なのに、
人と違うことをしなければならない。
「人と違うことをすると褒められる」というのが
任天堂という会社のカルチャーではありますけど、
今回は、違うことの種類も規模も大きいというか、
ある意味、真逆を行くようなところがありましたからね。

  - だとすると「真逆に行く恐怖」が
もっとも強く作用するのが岩田さんだと思います。
その恐怖を岩田さん自身はどのように消化しているんですか。

岩田 そうですね……。
私自身は、なによりも、従来の延長上こそが恐怖だと思ったんです。
いつ変わるべきなのかは、きっと誰にもわかりません。
ぼくらがこうして舵を切ったとき、この任天堂の新しい方向が、
1年後に理解されるのか、2年後なのか、3年後なのか、
あるいは5年後になのか、それはわかりません。
でも、従来の延長に未来はないわけです。
いまのまま進めば、どんどん力だけの戦いになっていって、
ついていけるお客さんの数もどんどん少なくなっていく。
だから、そっちじゃない道に舵を切るということだけは、
もう、はっきりとしていたんです。
ただ、どのくらい舵を切れば、世の中の人がスッと理解してくれて、
共感してもらえるようになるかは、わからない。
だけど、真っ直ぐこの延長を行っても未来はないんですから。
未来のない道を、ゆっくり終わりに向かって進んでいくというのは
自分たちが努力する方向として意味がないと思ったので、
そこはもう、腹がくくれていました。
ゲームをやる人の数が増えてくれたら、必ず未来につながる。
そこは、確信が持てていたんです。

  - なるほど。
しかも、その舵を切ったのは、
ニンテンドーDSが大ヒットするまえですよね。

岩田 まえですね。
そのときに、ニンテンドーDSがここまで受け入れられて、
こんな短期間に欧米を含めた社会現象になるなんていうことを
楽観的に想像するほど、私はおめでたくはないですよ。
それは、Wiiを出そうとしているいまも同じです。
ここに座る開発者たちがたびたび言っていたように、
これまでとまったく違うものの価値が
世の中にどう受け止められるのかという不安はあります。
でも、だからこそ逆に、
これを伝わるようにしなきゃいけないっていう闘志も湧くんです。

  - なるほど、なるほど。
いま岩田さんがおっしゃったようなことを、
ここに座った人たちもまた、同じようにおっしゃいますよね。
その価値観の共有というか、
組織の意識がそろっていることもすごいなと思うのですが。

岩田 そうですね。振り返ると、意識の共有が、
この3年くらいで、ものすごく進んだように思いますね。

  - それは具体的には、どういうふうに共有されていったんですか?

岩田 どうでしょうね、やはり、いろんなことが少しずつ、
一歩ずつ前進して行ったという感じですかね。
やっぱり、社長が「こうしたいんだ」って
一度言っただけでは全員が腹に落ちるわけではないです。

  - そうですよね。

岩田 だから、何回も何回もくり返し言われ、
その中で、あるとき、言っていたことの何かが現実になって
「ああ、そういうことか」となって、
ひとり腑に落ち、ふたり腹に落ち、という感じで、
「任天堂はここを目指していて、だからいまこう動くんだ」
ということが全員に浸透していって、
自分たちの目指す近未来のイメージが
共有できるところまできたのかなと思います。
ですから、まあ、きっと同じことを
しつこく言い続けてきたということにつきるのかもしれません。

  - でも、くり返すだけじゃ無理だと思うんですけど。
やはり、はっきりとした結果を伴ったということですか。

岩田 結果を伴ったというのは、幸運に恵まれた部分でもありますね。
だって、正しいことをしても
つねに結果がついてくるとは限らないわけで。
人が何をもっておもしろいというかということもそうですが、
とりわけ商品が何をもってヒットするかということに関しては、
自分たちの力の及ばない部分がものすごく大きいんですよ。

  - そうですね。たとえば『脳トレ』シリーズにしても、
発売前に「おもしろい!」と言うことはできても、
600万本売れるなんて、もう、絶対誰にもわからない。

岩田 「おもしろい!」のあとに
「おもしろい、けどね……」ってなるんですよね(笑)。
実際、任天堂の社内で『脳トレ』を見た全員が
「これは売れますよ!」と言ったかというと違いますしね。
つまり、打率を上げることまでは、
自分たちの努力でできるかもしれませんけど、
100パーセント当てるなんてことは不可能なんですよ。

  - そうですね。あの、これは脱線になりますけど、
その「当てる」ということで、糸井(重里)がよく例に出すのは、
笑福亭鶴瓶さんのことなんですよ。
あの人のまわりにだけ、
どうしてあんなにおもしろい出来事が起こるのか、
ということなんですけれども、
どうやらそれは、打率が高いからではなくて、
単純に打席に入る数が人よりも多いからだと言うんです。
というのは、鶴瓶さんという人は、道でティッシュを配ってたら、
ふつうに手を出してそれをもらうんです。
声をかけられたら、たいていそれに応える。

岩田 ああ、ああ、なるほどね(笑)。

  - だから、打率についていろいろ考えてる人よりも、
とにかく打席に入り続けている人のほうが
「当たり」を引く機会が多い、と。
ま、当たり前のことですし、
打席に入り続けるむつかしさもありますけど。
でも、目指すものがあったら、
それに向かってトライする頻度というか、
しつこさのほうが重要になってくるんじゃないかなと思って。
こうなればいいと思って1回挑戦して失敗して、
それきり打席に入らなかったら何も起こらないんですよね。
たとえば、これまでのお話をうかがっていると、
宮本さんが『タレントスタジオ』で、
ああいった「遊び手を取り込む仕組み」をあきらめてたら、
「似顔絵チャンネル」やMiiはなかったんですよね。

岩田 そうですね。あの宮本さんの粘りがなかったら無理でした。
正直、『タレントスタジオ』が
ものすごくいい形で世に出たとは思いませんし、
これは、今後『Wii Sports』の話で出てくるかと思いますが、
内部で『マネビト』と呼ばれていたソフト
(※『ステージデビュー』として発表されるも未発売)も、
その路線をしぶとく追求したソフトだったんです。
それもまたうまく世に出なくて、それでもまだ宮本さんは
Wiiを出すときに「『こけし』構想」と言っている。
その粘りというか、執念のようなものがなければ、
私は、「似顔絵チャンネル」のもととなった
DS用ソフトの試作品を最初に見たときに、
「宮本さんが求めているのはこれじゃないですか?」って
宮本さんのところに持って行けないわけですよ。

  - それがなければ、いまのWiiはないかもしれない。

岩田 いまと同じ形のWiiはありえないですね。
「似顔絵チャンネル」もMiiもないし、
『Wii Sports』も違った形になっていたでしょう。

  - E3のデモで岩田さんたちがテニスをして、
世界中のファンがにこにこするということもないですね。

岩田 そうです。
ですから、これもこの記事の中で何度か言ってますが、
Wiiは、すべてが計算づくで作られたわけではなく、
私たちが、その場その場でもがきながら、
少しでもいい姿を模索して作っていった結果なんです。
何度も迷いながら、それでも目標だけはブレなかったので、
ここにたどり着いたんだと思うんです。

  - ひとつ、乱暴な質問をさせてください。
たとえば任天堂がスーパーファミコン全盛期のような、
ひらたくいうと、トップのシェアをとっている状況で、
「このまま行くと、未来はないぞ」と岩田さんが感じたとしたら、
それでも岩田さんはいまの舵取りができたでしょうか?

岩田 そうですね…………
シェアがトップのときの舵取りの仕方は、
いまとまったく同じには、ならないと思います。
ただし、まったく同じにならないだけで、
危機感を持ったら、それに向けて走らないと、
時間の過ぎるスピードはものすごく速いですから、
のろのろしていると手遅れになるとは思うので、
もしこのままいくと未来はないと感じたら、
トップシェアを取っていても、相当乱暴なことを、
「トップなのに、そんなことしなくても、
いまを守ればいいじゃないですか」
ってたくさんの人から止められようと、
きっと舵を切ると思いますね。
ただ、やり方は同じではないでしょうけど。

  - わかりました。
すいません、答えにくい「もしも」の質問で。

岩田 いえいえ(笑)。
私からも、永田さんに質問ですが、
ゲームファンとして任天堂の流れをずっと見てきて、
いまのこういう展開をどう感じてらっしゃいますか?

  - いや、もう、それはわくわくするということにつきるんですが、
まあ、そういうことを言ってもしかたがないので(笑)、
あの、心配な人も、ゲームファンの中には、いると思います。

岩田 それは、やっぱり、ゲームらしいゲームを作ることが
今後、優先されないのではないかというか、そういう?

  - はい、そういう感じの心配です。その、やっぱり、
「夜にひとりで黙々とゲームと向き合うのが好きなオレ」
というのも、うそではないわけですね。
もちろん、『ゼルダ』も『マリオ』も出るわけだし、
岩田さんのスピーチを聞いていても、
コアなファンをおろそかにするつもりはないのはわかる。
わかるんだけど……。

岩田 『ゼルダ』も『マリオ』もすごくパワーをかけて開発してるけど、
Wiiプレビューに行くと、展示の数は少ないし、
いまの任天堂の戦略の主役ではない、という。

  - そういうようなですね。
なんというか、頭では理解するんです。
「このままでは未来がない」という
岩田さんの話に、そのとおりだ、とは思う。
思うんですが、遊び手がその理屈を理解すればするほど、
理解した自分がその理屈から排除されてしまうような、
そういう妙なジレンマが感じられてしまうんだと思います。
これはもう、誤解ではなくて、「気分」ですけど(笑)。

岩田 ときには、誤解も生まれているようで、
そこがちょっと心配ではあるんですけどね。
任天堂は、ゲームをしない人にアプローチをしてはいますが、
ゲームをする人のことを無視しているわけではなくて、
ゲームをしない人がゲームを理解するようにならないと、
ゲームというものの社会的な位置が
よくならないだろうというふうに考えているんです。
ゲームばかりやっているとだめになるとか、
脳が壊れるとかいういい加減な話まで含めて、
ゲームに社会的な悪いイメージばかりが先行してしまう。
そうすると、ゲームが好きな人でさえ、
遊ぶことに妙な罪悪感を感じはじめてしまう。
それはゲームをやっていなかった人がゲームをやり、
ゲームのおもしろさを理解することによって、
ものすごく変わる可能性があるわけです。
ゲームをやる人の社会での居心地がもっとよくなれば、
ゲームらしいゲームだって、もっと作りやすくなる。
実際、任天堂はゲームをやらない人に目を向けながらも、
『ゼルダ』を作るのをやめないどころか、
4年もかけて凝りに凝った『ゼルダ』を作ってるんです。
そこに、情熱は、あるに決まってるんです。
ゲームを待っていてくれる人のために、
そういったものを今後も、当然、作ります。
ただ、ゲームを待っていない人のためにも作っていかないと
ゲームを好きな人の未来はすごく狭くなってしまうんです。

  - はい。わかります。

岩田 でも……ということですね(笑)。
もちろん、おっしゃるような「気分」は、私にも理解できますよ。

  - (笑)

岩田 というか、そもそも、そのふたつを分けて、
「これはゲームをしない人だけが楽しめるもの」とか
「こっちはゲームをする人専用」というふうに
作っているわけではありませんけどね。
たとえば『Wii Sports』でいうと、
「壁打ちモード」のハイスコアーに挑戦することを
ゲームファンの人ほど、楽しんでくださると思う。
ゲームではないと思われているような『脳トレ』でさえ、
プリミティブにいうと、レースゲームのタイムアタックに通じる
おもしろさがあることを理解してくださる方は
たくさんいらっしゃるわけだし。

  - あ、そうですね、快感は同じですよね。
計算問題で、視界の端に数字を追いながら、
手の動きが機械的になっていく気持ちよさ、
みたいなところはパズルゲームっぽいし。

岩田 同じなんですよ。
脳の中で快感が出るポイントはほとんど同じだと思う。
ですから、「Touch! Generations」のソフトにしても、
根幹の部分は、ゲーム本来のおもしろさにあるわけです。

  - それの、間口を広げたというだけなんですね。
というか、DS以降の一連の動きは、けっきょくのところ
遊びのダイナミックレンジを広げるということにつきるというか、
これまでのゲームを上書きして否定するものじゃないという。

岩田 そういうことなんです。

  - ここに登場する開発者のみなさんも
一様に「間口を広く」ということをおっしゃってますし。
しかし、ふと、冷静になってみると、その任天堂の動きというのは
商品数は減らさず、クオリティーは落とさず、
ダイナミックレンジを広げるということですよね。
それは、ふつう、簡単にはできないというか、
単純に言って、マンパワーにしわ寄せがいくと思うんですが、
お話をうかがっていると、そうはなっていない……
あ、でも、じつは、現場で悲鳴があがっているのかな(笑)?

岩田 みんな忙しいとは思うんですけど……ねえ(笑)。
ただ、人にはポテンシャルがありますからね。
その、人々が持っているポテンシャルが、
なるべく有効に生かせるようにすることは、
組織のほうで助けられるんじゃないかと思います。
逆にいうと、組織の中で内向きに消えていく力、
無駄な方向へ消費されていくエネルギーって
ものすごくあるわけで、それの向きをそろえるだけでも、
外に対してものすごく有効な力になると思います。
だから、たぶん、意識の共有が進んだ3年ぐらいのあいだに、
各個人の理解が進んだことで、会社全体の総合力みたいなものは
単純に人数が増えた以上に上がっているんじゃないでしょうか。
つまり、発揮する能力の総量が大きくなっている。

  - なるほど、なるほど。

岩田 ここに座ってきちんとブレない意見を言える
開発者が増えてきたことが、その証明かもしれませんね。
そうそう、このインタビュー企画をやろうとした動機のひとつに
もっと開発者を表に出していきたいなというのがあったんです。

  - ああ、それは感じていました。

岩田 もっと具体的に言うと、
宮本さん以外の人もきちんと語れるようになるといいな、と。
もちろん宮本さんは任天堂の大黒柱ですし、
今後も、もの作りの中心にいてもらわなくてはならない。
でも、宮本さん以外の人もいるからこそ
これだけの数の商品ができているわけで、
まあ、全員に出てもらうわけにはいきませんけども、
そういう人たちの存在を少しでもお伝えすることで
任天堂という会社がより豊かな、おもしろい集団に
見えたらいいなというふうには思っているんですけどね。

  - でも、取材に同席していておもしろいのが、
宮本さんは席にいないのに、
毎回、必ず、宮本さんの話が出ますよね。

岩田 出ますねえ(笑)。

  - それもおもしろい現象ですよね。
で、宮本さんの話が出ると、岩田さんも微妙にうれしそうで。

岩田 やっぱり私は、ゲーム作りに関しては、
宮本さんから教わったことがものすごく多いですから。
教わったというよりも、盗んだといったほうがいいかもしれない。
それはもう、HAL研時代から、見よう見まねで。
言ってしまえば、私は任天堂の外側から、
「どうして宮本さんはいつも成功するんだろう」と
目を皿のようにして観察してきたわけです。
いまはなぜか不思議なめぐり合わせで、
お互いがこういう役割になっていて、
それはそれで、とってもおもしろいんですが(笑)。

  - 任天堂の外にいたときの経験というのは、
いま岩田さんが任天堂の社長として何かを決断するとき
すごく役だっているように思えます。

岩田 というか、私が経験してきたことで、
無駄になったと思うことはほとんどないですよ。

  - あの、ぼくは全部を知っているわけではないんですけど、
岩田さんの過去の仕事って、何か行き詰まったものを
きちんとアウトプットできる形に戻すようなことが
多かったんじゃないかと思うんです。
HAL研の再建もそうですし、
『MOTHER2』もそうですし……。

岩田 やはり、いろんなことがいまに活きていますよ。
『MOTHER3』を一度中止にしたことも、
カービィが生まれてそれがメジャーになっていった過程も、
『スマッシュブラザーズ』が紆余曲折の末に出て、
世界中に受け入れられていったことも、
いろんなことがそうです。

  - 岩田さんの中で、
思い描いていたほどの成功に至ったかということではなく、
「できなかった」という経験はあるんですか?

岩田 それは、だって、
『MOTHER3』はできなかったじゃないですか(笑)。

  - でも、『MOTHER3』は、できましたよね。

岩田 まあ、できましたね(笑)。

  - 最終的にはそうなっている気がして。

岩田 まあ、チャンスがあるかぎり、というか、
つねにどこかでイメージを具体化できるチャンスを
うかがっているというだけじゃないでしょうか。

  - 「当事者として打席に入り続けている」と。

岩田 ははははははは。
でも、あれです、長くなったのでまとめますけど、
最初から出口が見えていたわけではないWiiという商品があり、
現状の延長上に答えがないことだけがはっきりしていて、
向かうべき方向だけは決まっていて。
そんな中で、時間はもちろん限られていて、
これまでどおり商品を出すことも怠るわけにはいかなくて、
新しいマシンの準備をしながら、新しい携帯ゲーム機を出して、
というようなこれまでの流れを全部振り返ってみると、
そのプロセスにおいて、小さな部分では
「ああすればよかった」ということはいくらでも言えますけど、
できあがったWiiそのものについて、
「ああすればよかった」というのは不思議なほど、ないんですよ。
それは「もう一回時計を巻き戻しても同じものを作るだろう」と
胸を張って言えるほどなんです。
この取材で、Wiiを作った人たちがいい顔をしているのも、
そういう気持ちがあるからじゃないでしょうかね。

  - はい。そう思います。

岩田 というところでしょうかね。
……うーん……けっきょく「社長が訊く」にならなかったな。
番外編として永田さんに「社長が訊く」をやるつもりだったのに。

  - いえ! ここは番外編として
ふつうに「社長に訊く」にしておいたほうが、
読者も落ち着きます。

岩田 (笑)


(次回からは『Wii Sports』編がはじまります)
『Vol.4 「Wii Sports」編』へ