岩田
無線という、目に見えない電波を相手にするからこそ、
自覚していなかった問題にぶつかったと思うんですが、
実際に無線が安定するまで、
前さんはどんなことがありましたか?
前
無線でいちばん困った問題は、
CG(コンピューターグラフィックス)の圧縮後の転送です。
CGというのは自然画とはぜんぜん違うので、
圧縮、展開のあと、それなりの品質を出そうとすると
考えていたよりたくさんのビットレート(※18)が必要だったんです。
岩田
もともと、画像の圧縮展開技術とは、
「自然画をどう圧縮するか?」
という視点で考えられているんですよね。
ここでは「世の中にあるものを、人間の目はどうとらえるか?」
と考えられているため、たとえば
「人間の目はこういうところには敏感だけど、
こういうところには鈍感なので、
こうすれば画質は劣化したように見えない」
というふうに、自然画では調整できたのに、
CGではその技術が通用しないわけですよね。
山下
はい。とくに、われわれが初期に
無線で飛ばしてみたサンプルCGが、
わりとプリミティブ(※19)なもので、
陰影のないクッキリとしたものだったんですが、
細かくてかなり圧縮しづらい映像だったんです。
岩本
しかも、拡大縮小方向に大きさが変わっていくので、
入り組んで、追尾しにくい動きをするんです・・・。
岩田
一般的に動画圧縮の技術では、
直前の画像から、中の物体がどのように動いたか、
ということを検知してデータを圧縮するようになっているので、
物体の動きが追尾できなくなると、
うまく圧縮ができなくなるんですね。
山下
たしか、2個目のサンプルだったと思います。
1個目はキューブが回るだけの映像で、
「これくらいなら大丈夫だ」と思っていたら、
次に試したサンプルが、格子状の立体が
手前に拡大しながらガーッと流れてくるもので・・・。
岩田
格子模様が流れる!
それは、動画圧縮技術にとっては“最低な映像”ですね!
山下
正直、あのときはかなりの危機感を覚えました(笑)。
岩田
動画圧縮の技術にも、
圧縮するのに得意なタイプの動画と
苦手なタイプの動画があって、
いわばめちゃくちゃ苦手なものに、
最初のうちのサンプルで出合って、
「うわあ、えらいことになった!」となったんですね。
山下
はい。それが去年(2011年)の
E3(※20)のちょっと前くらいの話です。
伊藤さん、前さんを含むメンバーで緊急ミーティングを開いて、
「どうする、これ!?」って。
でも、あのタイミングで苦手な映像が見つかったことが、
結果的にはよかったと思います。
岩田
それから1年間、チューニングしつづけたんですか?
岩本
ええ、もう、ひたすらチューニングの日々です。
逆に、それより難しいものはあまり出てこなかったので、
いまだにテストサンプルはそれを使っているくらいなんです。
山下
あれを超える映像はないですね、いまのところ・・・。
だから、それが早いタイミングで見つかったのはよかったです。
それから個人的に大きかったと思っているのは、
去年のE3の直前、Wii Uを展示するために、
緊急で画質を向上させたことですね。
岩田
大変だったけど、E3に出してよかったんですね。
山下
はい。そのときは前さんがアメリカに行って、
1日2回、深夜と早朝に電話会議をしたりして、
いかにしてビットレートを上げて、
画質を上げるかを検討していたんです。
前
はい。あのときの3週間は、
いまだに忘れられないです(笑)。
山下
わたしも忘れられません(笑)。
実際にゲームソフトをWii U GamePadで動かしてみると、
サンプルCGとはまた違った問題がいろいろ見つかったんです。
テレビ向けの細かい画像をそのまま
Wii U GamePadの液晶モニターに表示する場合や、
フェードアウトやフェードインのときなどに、
どうしても圧縮技術特有のノイズが出てしまったんです。
だから、E3の直前には伊藤さんといっしょに、
出展タイトルの開発チームを回りましたよね。
伊藤
実際に自分たちの目でノイズを確認するために、
出展タイトルを全部、見てまわりました。
山下
思ったよりノイズが出ていないゲームもあれば、
「えっ、このシーンが苦手なの!?」
っていう意外なものもありました。
伊藤
人間が予測するものと、
実際のCG画像とでは、やっぱり違うんです。
フェードイン・フェードアウトの速度を変えるだけで
ノイズが見えなくなったりもするので、
なかなか調整が難しかったです。
山下
たとえば『ピクミン』(※21)みたいな、
ちっちゃいキャラがたくさん表示されるものは、
意外と大丈夫でした。
前
逆に意外だったのは、
マリオでコインがブワーッてたくさん出てくる場面で、
すごいノイズが出てしまいました。
岩本
そうですねぇ、あれは予想を裏切られました。
「こういうところで弱かったんだ」っていうのが、
頭で思っている圧縮アルゴリズムの想定とは、
微妙に違う現象として発生していました。
岩田
誰も走ったことのない道を走るのは、やっぱり大変ですね。
それから無線通信技術については、
開発パートナーさんとも、
いつもと違う組みかたをしていましたよね。
前
はい。世界でも有数のワイヤレスチップベンダーである、
ブロードコム(※22)さんと共同開発を行いました。
NTDのデービッド・トラン氏にもご協力いただきました。
日本とアメリカという離れた土地で、
共同開発を行う以上、やっぱりタイムリーに情報交換したり、
課題を共有したりしないといけませんから、
ひんぱんに電話会議を設けて、課題を解決していきました。
岩田
一般的な無線技術じゃないはずなのに、
ブロードコムさんも、
ずいぶんいろんなことをしてくれたと思うんです。
なぜ、乗り越えられたんでしょうか?
前
そうですね・・・。ブロードコムさんならではの
最先端技術を使った工夫もたくさんあるのですが、
やっぱり、竹田さんが選んだ会社さんに、
最後まで、目標地点までやり抜いて
いただけたからだと思います。
岩田
ああ、竹田さんのパートナー選びってすごく面白くて、
「相手にガッツがあるかどうかが大事なんです!」
ってお話しされるんですよね。
すごくサイエンスなことをやっているはずなのに、
それといちばんかけ離れているように思える
「“ガッツ”ですか!?」みたいな(笑)。
一同
(笑)
岩田
でも、「最後はガッツなんです」っておっしゃるのは、
じつはけっこう正しいと思うんですよね。
前
ええ、すごく大事です。
去年のE3のように、緊急的に改良しないといけない場合も、
最後までやり抜く意志や根性がある方たちは、
土壇場でものすごい力を発揮します。
岩田
そういう方たちが本気になると、
この間まで「できない」と思っていたことが、
短期間で解決したりするんですよね。
前
はい。彼らの力を借りることで、
今回の無線システムが実現できたと思います。