社長が訊く
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社長が訊く『とびだせ どうぶつの森』

社長が訊く『とびだせ どうぶつの森』

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目次

1. 「新しい『どうぶつの森』をつくる」

岩田

先日、「Nintendo Direct」で
『とびだせ どうぶつの森』発売日のお知らせをしたときや、
「とびだせ どうぶつの森 Direct」への反響を見ていると、
「本当にたくさんのファンのみなさんが
 『どうぶつの森』を待ち望んでくれているんだなぁ」と
わたし自身、改めて感じました。
今回、とても長い開発期間を経て、
ようやくゴールにたどり着いたんですよね。

毛呂

はい。

京極

そうですね。

岩田

今日は、どうやって『とびだせ どうぶつの森』ができたのか、
訊いていきたいと思います。
ではまず、みなさんが何を担当したのか、
それぞれ自己紹介をお願いします。

京極

制作部の京極です。
今回の『とびだせ どうぶつの森』は、
毛呂さんと一緒にディレクターを担当して、
全体の構想的な部分から、細かいことまで、
いろいろ担当しました。

毛呂

同じく制作部の毛呂です。
京極さんと同じく、ディレクターとして
全体を見ていたのと、システム的な部分で
細かいところを埋めていきました。

高橋

制作部の高橋です。
今回はデザインリーダーとして、
デザインのとりまとめをする仕事を担当しました。

岩田

今回は毛呂さんと京極さんのおふたりが、
ディレクターということなんですか?

毛呂

はい。

京極

そうです。

岩田

並列にディレクターふたりというのは
ちょっと珍しいんですけど、
どうやって仕事を分担したんですか?

毛呂

ふたりとも得意とする分野が違いますので、
わりと自然に分担できていました。
Wiiの『街へいこうよ どうぶつの森』(※1)のときに、
ディレクターだった野上(恒)さん(※2)
ふたりでサポートしていましたので、
その頃から自然に決まっていったという感じです。

※1
『街へいこうよ どうぶつの森』=2008年11月に、Wii用ソフトとして発売されたコミュニケーションゲーム。シリーズ5作目。
※2
野上恒=情報開発本部制作部所属。これまでの『どうぶつの森』シリーズのディレクターを担当。過去、社長が訊く ゲームセミナー2008~『どうぶつの森』ができるまで~社長が訊く『街へいこうよ どうぶつの森』に登場。

京極

とくにすりあわせをしなくても、
前作からの流れで決まっていました。

岩田

一般的に、ふたりのディレクターというのは、
けっこう難しかったりするんですけど、
お互いの価値観が共有できているから、
あまり問題にならなかったんですね。

毛呂

はい。なりませんでした。

岩田

でも、今回、はじめて
野上さんの苦労がわかったんじゃないですか?(笑)

京極

はい(笑)。

毛呂

痛いほど、よくわかりました(笑)。

岩田

気づけば『どうぶつの森』も
N64版(※3)の発売から11年以上になるんですよね。

※3
N64版=『どうぶつの森』。2001年4月に、NINTENDO64用ソフトとして発売されたコミュニケーションゲーム。

毛呂

そうですね。

岩田

その間、シリーズを重ねることで、
「『どうぶつの森』とはこういうものだ」
という価値観が定着してくるものなんですけど、
今回はどのように開発の方向性を決めたんですか?

京極

いままでのシリーズでは、
まず最初に村に引っ越してきて、
ローンで家を買って、
たぬきちの店でバイトをして、という・・・。

岩田

まあ、究極に言えば、
「借金を返すゲーム」でしたよね。

京極

そうです(笑)。
それがシリーズでは
当たり前のようになっていたんですけど、
次も同じような展開にしてしまうと、
「またかー」と感じる方も少なくないと思って、
今回は、当たり前のことをリセットするところから、
つくりはじめることにしました。

毛呂

なので、今回の開発は
「新しい『どうぶつの森』をつくる」
というコンセプトではじまったんです。

岩田

つまり、「たぬきちに借金を返すゲーム」じゃなく、
「新しい『どうぶつの森』にするにはどうしたらいいか?」
というところからはじまったんですね。
実際、どんな案が出てきましたか?

京極

それこそ、いろんなネタ出しをしました。
もちろんボツになったアイデアもたくさんあって、
たとえば釣りやムシ取りに並ぶ
新しい道具を使った遊びということで、
砂金掘りとか(笑)。

岩田

砂金掘りですか。
それってずいぶん生々しいですねぇ(笑)。

京極

そうですね(笑)。
でもそういった苦し紛れのアイデアもありつつも、
新しい『どうぶつの森』では、
外灯やベンチを置いたり、橋を架けたりして、
「村全体をつくれるようにしたい」
というのはわりと最初からテーマとしてはありました。

毛呂

これまで、自分でアレンジできるのは
家の中がいちばんで、
屋外は木や花を植える程度だったんですけど、
屋外も含めて村全体を個性的に
アレンジできるようにしたいと思っていたんです。

岩田

確かに、これまでの『どうぶつの森』は、
村の中に花を植えたり、
木をきれいに並べたり、
あるいは橋や噴水などのオブジェを置くことはできましたけど、
あくまでもイベント的な要素が強くて、
自分で好きなようにアレンジできるのは、
基本的に家の中だけでしたからね。

毛呂

そうですね。そうやって、
村全体に人それぞれの個性を出せるようにすることで、
お互いの村を行き来して、村を散策する楽しみも
増やしたいと思ったんです。

岩田

これまでの“家自慢”から、今度は
「“村自慢”に変えるんだ」ということですね。

毛呂

そうです。

岩田

「プレイヤーが村長さんになる」というのは、
わりと早くから出たアイデアだったんですか?

京極

じつはけっこう後づけなんです。
最初の1年間くらいは、
江口(勝也)さん(※4)、野上さん、毛呂さんと4人で、
細々と話し合っていたんですが、
「今度の『どうぶつの森』は
 村の中に、いろんなものを置けますよ」
と言ったところで、お客さんからは、
一要素としてしかとらえてもらえないのでは、
という心配があったんです。

※4
江口勝也=情報開発本部制作部部長。『どうぶつの森』シリーズをはじめ、『Wii Sports』や『Wii Sports Resort』などのプロデューサーを担当。また、Wii Uの開発では、総合プロデューサーを担当し、『Nintendo Land』のプロデューサーも担当。過去、社長が訊く ゲームセミナー2008~『どうぶつの森』ができるまで~社長が訊く「スーパーマリオ25周年」『スーパーマリオ』開発経験者 篇 その1E3 2012特別篇 社長が訊く『Wii U』に登場。

岩田

「村自慢できるとアピールしても、
新しさを感じてもらえないのではないか」という
おそれがあったんですね。

京極

そうです。
そうこうしているうちに、
宮本(茂)さんや手塚(卓志)さん(※5)
プレゼンすることになり、
「新しい『どうぶつの森』はこうです」と、
ひとことで表現できるキーワードは
何だろうと考えて・・・。

岩田

それが「プレイヤーが村長さんになる」
ということだったんですか?

京極

はい。プレイヤーが村長になることで、
橋を架けたり、いろんなオブジェクトを置くことは、
「公共事業になるんじゃないか」と考えたんです。

岩田

まず「村にいろんなオブジェクトを置くこと」が決まって、
それを「村長が決めてつくることにする」という発想が、
あとから出てきたんですね。

毛呂

そうです。
プレイヤーが「村長」で、
村づくりを「公共事業」にする、
というかたちにつながっていったときは
すごくすっきりしました。

京極

ただ、もともと村長はいましたし・・・。

岩田

コトブキですね。

京極

ですから、コトブキ、どうしようと(笑)。

一同

(笑)

毛呂

そこで引退してもらうことになりました。

岩田

うわ、強引ですね。コトブキ村長、引退なんですか(笑)。

毛呂

そのへんは潔いんです。
ただ幸いなことに、
隠居後の引っ越し先も見つかりまして・・・。

京極

なので、コトブキも幸せに暮らしています(笑)。