社長が聞く Wii プロジェクト - Vol.3 Wii チャンネル編

第2回「ゲーム機とユーザーの関係を変える」

岩田 最終的な形態が見えない中で開発が始まった
Wiiの「チャンネル」ですが、
どのようにしていまの形にまとまっていったのでしょうか。

 
黒梅 本体機能についての会議を重ねていくと
とにかくたくさんのアイデアが出るんです。
現場で話し合われる量ももちろんですが、
会議の終了後にそれぞれの部署に持ち帰って、
そこで出たアイデアをまたみんなで持ち寄ったりしますから、
ひとつひとつを見るとなるほどと思えるようなアイデアが
どんどん出てくるんですね。
それらの案を、さきほど出ました
「家族全員が触れる」というキーワードで突き詰めていくと
結論としては、ひとつのソフト、ひとつの切り口で、
家族全員をフォローすることは難しい、ということになったんです。
つまり、「いろんなものがたくさん入っている」という方向性です。

岩田 さまざまな人に触ってもらいたいのだから、
さまざまな機能を用意するという、
考えてみればシンプルな結論ですね。
しかし、そうなると、見せ方が難しくなってきますよね。

黒梅 そのとおりです。
いろんな機能を盛り込むことで、わかりづらくなることはさけたい。
たくさんの機能をわかりやすく見せるためにはどうしたらいいか、
ということで話し合っていたとき、しっくり来たのが、
電気屋さんで、テレビがいっぱい並んでいる風景だったんです。
いろんなチャンネルの、いろんな画面が、並列にバーッと並んでいる。
わかりやすいし、単純にわくわくする部分もありますし。
それで、いまの「枠が並んでいるメニュー画面」が生まれたんです。

岩田 「チャンネル」という呼び名はそのころからあったんですか?

黒梅 「枠」が決まったのとほぼ同時に生まれました。
各部署から出たたくさんのアイデアを
ひとつにまとめきれなくて煮詰まっていたとき、
全部を並列に扱うという方向性が提案されたんです。
そのとき、チームのメンバーのうちのひとりが、
「それって、テレビのチャンネルだよね」って言ったんです。
それは、いい意味でも悪い意味でもなく、ふつうに。
そのときに、「あ、そうだ」っていう感じで。
あのときの空気というのは、すごく不思議だったんです。
「チャンネル」という言葉を聞いた瞬間、
その魅力がよく理解できないままに、
ふわーっと全体像が飲み込めてしまった。
いま思うと、「主役はこの『枠』なんだ」っていうことに
初めて気づいた瞬間だったんだと思います。

岩田 何かが決まるときっていうのは、そういうふうに決まる気がしますね。
誰かが何気なく言ったことが、すっと入ってくる感じ。
とくに難産のときは、そのパターンで決まることが多い。

黒梅 はい、まさにそういう決まり方でした。

岩田 その、難産だったWiiチャンネルの「枠」を見て、
作り手の姿勢が現れているなと感じるのは、
4×3で並べられたチャンネルの扱いが均等だということです。
ふつうにゲーム機として考えれば、
ディスクドライブに挿入されたゲームソフトを遊ぶときの
「ディスクドライブ」というチャンネルは、
メインとしてもっと大きく表示したくなりますよね。

黒梅 そうですね。
たしかに「天気」も「ニュース」も「ゲーム」も
同じように均等に並んでいるというのは、
ゲームを本業にしてきた任天堂の歴史を考えると
不思議に感じられるかもしれません。
しかし、チーム内ではそこに大きな迷いはありませんでした。
その根拠として挙げられるのは、さきほどから話にあがっている
「家族みんなに触ってもらう」というコンセプト。
そしてもうひとつ大きかったのが、ニンテンドーDSが
ものすごく多くの人に受け入れられたという事実でした。

岩田 我々は我々の仮説のもとにニンテンドーDSを発売して、
それは明らかに手応えがあった。
その手応えが、つぎの仮説を後押ししたわけですね。

黒梅 はい。ゲームらしいゲームだけではなく
いろんなソフトがあっていいんだということを、
ニンテンドーDSは証明してくれた。
それは、Wiiのメニュー画面を考えるうえで
大きな裏づけになりました。
ゲームを遊びたい人は、ゲームで遊べばいいし、
ほかの機能が気になった人は、
そのチャンネルを楽しんでもらえれば、と。

 
青山 そういったことは、少なくとも、
本体機能についての会議に出ているメンバー間では
確信を持って進めていくことができました。
ただ、情報を完全には共有していない社内の人間とは、
当初、意識のずれがあったことも事実です。
そういうときは、玉樹くんが、持ち前の「熱さ」で
説明に奔走してくれたんですけど(笑)。

一同 (笑)

玉樹 あの、やはり、完成したメニューをただ眺めると、
「『天気』とか『ニュース』って、単体でどれだけおもしろいの?」
っていう反応が出てくるんですね。
まあ、それは反応としては当然だと思うんです。
単体で評価すると、天気やニュースって、おもしろいか?
っていうことになっちゃうと思うので。

岩田 じつは「天気」も「ニュース」も、
Wiiならではの工夫が凝らされているんですけどね。
まあ、その説明は、違う機会に譲るとして。
わかりやすい反対意見としては、
天気もニュースもパソコンで見られるじゃないか、
っていう言い方がありますよね。
それはゲーム機じゃなくてパソコンじゃないか、とかね。
そのあたりは自分の中でどう結論を出しましたか。

玉樹 黒梅さんの話と重なりますが、
やはり「いろんな趣味を持つ人がいる」という当たり前の認識ですね。
ニンテンドーDSのソフトの売上を見ていても、
『脳トレ』のようなこれまでのゲームのくくりに
収まらないものがものすごく売れている一方で、
RPGのようなすごくゲームらしいゲームも売れているんです。
正直にいうと、Wiiのメニュー画面を考えている当初に、
「ディスクチャンネルを目立たせよう」という意見はありました。
でも、それって、いままでの思想と変わらないというか、
とにかく最高級のおもしろいゲームを出せば
みんながゲームをやるはずだっていう理屈と同じだと思ったんです。
そうではなくて、いろんな人のいろんな趣味に応じた
バラエティーに富んだものを用意して、
いろんな人の趣味の輪がちょっとずつ重なっていく
その重なりの中心にWiiがあればいいんじゃないか、と。
家族の中には、必ず年齢や性別にバラエティーがあるように、
メニューにもバラエティーを持たせなければならないという大原則に
最終的には行き着いたという感じがします。
この話をしても、100人が100人、
「そのとおりだ!」と言ってくださるわけではないかもしれませんが、
仕様が固まるころには、それに動じないくらい、
自分たちが出した結論に自信が持てる状況にはなってきていました。

青山 思えば自分たちも、その理解が早かったわけではなくて、
たんに追求する機会に早く恵まれただけだと思うんです。
その意味では、自分も変わっていったわけですし、
その変化は、自分以外の人にも起こるはずだと思っています。
やはりWiiというのは新しい試みのかたまりですから、
まず最初は戸惑う。人によっては不安になる。
でも、実際に触っていくうちに自然と変わっていく。
理解というよりは、体感していく感じでしょうか。

岩田 その変化の速度には個人差があるのかもしれませんね。
黒梅さんは、自分たちの結論にいつごろ自信を持てましたか。

 
黒梅 自信というと、いつごろでしょうね‥‥。
答えになっているかどうかわかりませんが、
私は将来、Wiiのチャンネルをひとつ、
自分で新しく企画してみたいなと感じているんです。
そういうふうに感じられた瞬間が、
Wiiのチャンネルに自信を持てた瞬間かもしれません。

岩田 いい入れ物ができたからこそ、その中身を作りたくなる。

黒梅 はい、そういう流れだと思います。
Wiiのチャンネルは12個で終わりではなくて、
現時点では48個までは追加ができるようになっていますから、
配信によって新しいチャンネルを増やすことも可能なんです。

岩田 きりがないからいったん「ここまで」という線を引きましたが、
これがあったらうれしいね、っていうチャンネルの企画は
じつはすでにたくさんあるんですよね。

黒梅 はい。その企画会議の延長がずっと続いていて、
あんなこともできる、こんなこともできるというという話を
いまも、いろんな人としているんですよ。
それはやはり、Wiiの「チャンネル」に
自信が持てるからこそ、できることだと思います。

岩田 それでは、ここでみなさんに共通の質問ですが、
いまある中で、いちばん魅力を感じているチャンネルってなんですか?
じゃあ、玉樹さんから。

玉樹 えっと、そうですね、個人的には、
まだ正式名称ではないんですが、
いま「ショッピング」と呼ばれているチャンネルです。
これは、Wiiを介していろんなソフトを
購入できるというチャンネルなんですが、
まずはバーチャルコンソール用のタイトル、
つまりファミコン、スーパーファミコン、
ニンテンドウ64といった任天堂の過去のハードで
遊べたソフトが購入できるようになっています。
ゆくゆくは、Wii専用ソフトの
ダウンロード販売ということも考えているのですが、
ぼくは、このチャンネルを通して、
新しいゲーム作りの道が開けるんじゃないかと感じているんです。
というのは、ぼくが以前岩田さんから聞いて気になっていたことで、
「価格のバラエティー」というキーワードがあるんです。

岩田 ああ、ソフトの価格の。

玉樹 はい。ソフトの価格にバラエティーをつけたいという考えです。

岩田 自分の言ったことですから説明しましょう。
ようするに、ゲームソフトの価格の
ダイナミックレンジを広げたいという意味で言ったんです。
たとえば5年前くらいまでの任天堂のアプローチというのは
携帯機のソフトが4800円、据置機だと6800円というのが
一般的な価格としてだいたい固定されていたんですけど、
それって違うんじゃないかと思ったんですね。
端的にいうと、据置機のソフトが6800円以外にないなら、
据置機で、シンプルな『テトリス』は出せないことになるんです。
ただの『テトリス』にお客さんは6800円も
出してくれないだろうという意味でですけどね。
だったら、『テトリス』に新しいモードを30個くらいつければ
6800円で売ることが許されるのか?
いっそ豪華なムービーをつければいいのか?
そういうことじゃないでしょ、という問題がひとつ。
もうひとつは、単純にソフトによって制作側の規模が違うことと、
プレイ時間や難易度によって値頃感が違うことを、
価格にも反映させるべきではないかということが根拠です。
もちろん、時間が経ったら安くするという考え方もあるわけですが、
何年も経ってからならともかく、すぐに値段が下がってしまうと、
先に買った人が損をしたような気持ちになってしまうので、
何か抵抗も感じています。
そういう意味で、ソフトの価格は、発売するときからソフト毎に
バラエティーがあったほうがいいと私は考えているんですね。
ところがいま世の中にある流通の仕組みを使ってものを売ろうとすると
原価のあるROMやディスクを作って売るというビジネスである限り、
一定より安いものというのは実現できないんです。
安すぎるものを売ってもお店は儲かりませんから仕入れませんし、
作るほうも少なくともメディア代を下回る価格は設定できない。
「すごく面白いけど、一発芸なので1000円です」という商品は、
現在の仕組みでは実現できないんですね。
そこではたくさんの可能性が死んでるわけです。
そのたくさんの死んでる可能性をどうにかできないか?
私が以前から言っていたことは、だいたいそういうことでした。
いまはニンテンドーDSのソフトなどで、
価格のバラエティーということにも実際に取り組んでいますが、
けっこう昔から私はそれを社内で言ってたんですよね。

玉樹 はい。じつはぼくは、その考え方が、きちんと理解できたのは、
Wiiの本体機能に取り組み始めてからだと感じています。
というのは、さきほどから言っている
家族の趣味や個人個人のバラエティーということを考えていると、
ソフトの価格に差があることが当然のこととして理解できるんです。
好きなものに関してはためらわず高級品を買う人もいるし、
チラシを毎日チェックして安さを追求する人もいる。
人によって、ご飯を食べに行く店がぜんぜん違うように、
さまざまな価格の商品があるのは当然だと思います。
これまでのソフトの値段の枠も、
購入していただくユーザーの皆さんのスタイルも大きく広げながら
ソフトを販売できる「ショッピング」のチャンネルは、
そういう意味ですごく可能性を秘めていると思います。
もちろん、通常の流通を使った既存の商品は大切ですが、
ちょっとした実験作や、簡単な思いつきを安く売ることが
「ショッピング」チャンネルによって可能になれば、
開発側の幅すらすごく広がっていくと思うんです。

岩田 そこで反響があったものをさらに磨いて、
通常の価格できちんと売れるソフトとして売り出す
というような動きも考えられますよね。
可能性という意味でいえば、すぐには難しいと思いますが、
アマチュアのゲーム作家が何かを作って
それを試しに売り出すという場も作れるかもしれません。
いまのゲーム業界の仕組みでは、
やはり大手のパブリッシャーがしっかり宣伝をして、
スケールメリットを出せないと
ゲーム作りができないようなところがありますから、
新しい才能の登竜門のようなものができなくなっているんですよね。

玉樹 はい。そういう、いろいろな入口になるんじゃないかと。

岩田 わかりました。
黒梅さんが魅力を感じてるチャンネルはなんですか?

黒梅 気になっているのは「インターネット」ですね。
Operaというブラウザを使って、
Wiiからインターネットを閲覧できるチャンネルなんですけど、
ふつうにテレビからインターネットが利用できるというのは
意外に大きなことなんじゃないかと感じています。
個人のブログを読み込んだりすることはパソコンでやるにしても、
テレビを見ているとき、ちょっと気になったことなんかを
すぐに検索できるというのはすごく便利ですよね。

岩田 そうですね。
テレビを見ながらインターネットが使える便利さというのは、
じつは、ユーザーの環境によって違ってくると思うんですね。
たとえばこれがひとり暮らしの人であれば、
「そんなこと、もうふつうにやってるよ」
という意見が出てくると思うんです。
ひとり暮らしの人の部屋には、
テレビとパソコンが近くにあることが珍しくありませんから。
家族といっしょに住んでいる人でも、
無線LANでつながったノートパソコンをリビングで使っていれば、
テレビ見ながらインターネットを利用できますよね。
そういう状況をいろいろと考えたうえで
私がWiiの「インターネットチャンネル」に可能性を感じるのは、
これまでひとりで見るものだったインターネットを、
初めて大勢で見ることができるということです。
パソコンの画面って、誰かが「どれどれ?」ってのぞきこむとしても
せいぜいふたりくらいが限度で、
4人以上ってなるともう無理だと思うんです。
ところが居間のテレビにWiiがくっついていると、
家族全員でわいわいインターネットを見ることがふつうにできる。
その先にどういうことがあるのかわかりませんけど、
ライフスタイルの変化につながる可能性があると思うんです。

黒梅 けっきょく、Wiiの提案というのは、
どれもライフスタイルの提案につながっているというか、
ゲーム機とユーザーの関係を変えるものばかりなんですよね。
本体機能をあれこれ考えるうえでやってきたことは
全部、そこにつながっているんじゃないかと思います。

岩田 そのとおりだと思います。
それでは、青山さんが注目しているチャンネルは?

青山 私もOperaさんのブラウザは良い感じで仕上がっていると思います。
それと、ちょっとチャンネルの枠を超えてしまうのですが、
「Wii伝言板」ですね。

岩田 ああ、その話をしなくてはいけませんね。



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