岩田
『リズム天国』、
あるいは『リズム天国ゴールド』において
つんく♂さんが強く打ち出してらっしゃった
コンセプトというのは
「リズム感は鍛えられる」というものでした。
そのあたりについて、教えていただけますか。
つんく♂
そうですね、たとえば、
「英語がしゃべれない」というのは、
日本人が抱きがちなコンプレックスですよね。
それと同じように、「踊れない」とか、
「リズムにのれない」というのもあると思うんです。
で、これは、いつもぼくが思うことなんですけど、
いまからネイティブな英語を
しゃべるのは無理かもしれないけど、
鍛えればある程度までは
たどり着けるんじゃないかと。
とくに、リズムに関しては、
鍛えればある程度の領域には、
全員、行けるんじゃないかなと思うんです。
岩田
それは、やっぱり、
モーニング娘。の人たちをレッスンしていくうえで
はっきりと確信したことなんでしょうか。
つんく♂
そうですね。もう、みんな、
最初はぜんぜんできないですからね。
それでもなんとか踊れるようになりますから。
岩田
つまり、つんく♂さんには、
「リズム感は鍛えられる」ということについては
すでに実績があるわけですね。
つんく♂
そうですね。ぼくのなかでは証拠も実績もある。
歌のピッチをよくするよりも、
リズム感をよくするほうがよっぽど簡単です。
ですから、若い子だけではなく、
おじさんやおばちゃんも含めて、
「英会話でも習ってみようか」
という気持ちと同じくらいの感覚で、
リズム感を鍛えてもらえればなと。
岩田
リズム感というのは
先天的なものじゃなく、鍛えられるんだ、と。
それはもう、つんく♂さんにとっては
確信なんですね。
つんく♂
そうですね、実証済みというか。
それは、モーニング娘。を教える以前に、
自分自身の経験から、知ったんです。
岩田
ということは、つんく♂さんも、
もともとはそんなにリズム感はよくなかった?
つんく♂
いえ、ぼくは、いいほうだとは思います。
ただ、ふだんはできることが、
できなくなる瞬間があって、
「それはなんでやろ?」って考えていたんですね。
それは、リズム感だけの話じゃなくて、
たとえばサッカーをやるとき、
ふだん、友だちとやるときはできるのに、
試合になるとミスをする。とくに、PKを外す。
バレーとか卓球でも、サーブをミスする。
これ、リズムが止まるからなんですよ。
ふだんの流れのなかだったらできるのに、
止まってスタートするとできなくなってしまう。
岩田
ああ、連続動作のなかに
組み込まれているとできるのに、
1回止まっちゃうとできなくなるんですね。
つんく♂
そうなんです。
1、2、3、4、1、2、3、4‥‥と
続いてるんだったらできるんですけど、
ゼロから1にしようとするときに、
おかしくなっちゃうんです。
なわとびに入れなかったり、
エスカレーターに乗れなかったりするのと
同じような感覚で。
岩田
なるほど(笑)。
つんく♂
そんなような失敗を自分で経験して、
「なんで失敗するのかな」と考えたのは
そもそものはじまりですね。
わかりやすいところでいうと、
ぼくらが新人のころに、
はじめてレコーディングをしたとき。
アマチュアのころに散々やってきた曲を
こう、ブースのなかで歌うんですけど、
歌い出しのときに、入れないんですよ。
「あれ? オレ、いままで
どうやって入ってたっけ?」ってなるんです。
いちおう歌うんですけど、それを家に帰って聞くと
ものすごく不自然な感じがするんですよ。
岩田
はーーー。
つんく♂
なんでこうなるのかなと考えてるうちに、
リズムをずっと刻んでないからだ
ということに思い当たったんです。
岩田
つまり、まずご自身が
思い通りにならないということを体験して
それを克服するうえでわかっていった。
つんく♂
そうです。
で、まず自分に対するカルテというか、
レシピというか、メソッドみたいなものをつくって
自分用のものとしてずっと持ってたんです。
といっても、べつに、本とかメモのかたちで
残してあるわけじゃないんですけど。
で、プロデュースをはじめて、
教える立場になったときに、
「オレ、どうやってたっけな?」って思ったんです。
そこでいろんなことを思い返しながら、
「あ、そうや、こうやったらええねやって思ったな」
ってことをひとつひとつ教えていったんです。
岩田
それで、スッとできるようになるんですか?
つんく♂
できる子もいるんですけど、
思った以上にみんなできないんです。
つまり、ぼくは最初からそこそこできてたんです。
だから、もっとできない子に教えるためには、
という意味で、よりわかりやすい
かみ砕き方をしなきゃいけなかったんですが。
岩田
入門者用というか、初心者用というか、
より簡単なコースを開発して。
つんく♂
はい。それはある意味、ぼくも学びながら。
「そうか、1、2、3、4すら数えられへんのか」
というとこからはじまっていくんです。
でも、それがあったからこそ、
モーニング娘。がああやって集団化していって、
ディレクターや環境が変わっていっても
同じような教え方をさせられるように
なっていったんですね。
岩田
なるほど、なるほど。
そういう、基礎的なリズム感の修得に
焦点を当てたメソッドというのは、
音楽の世界では一般的ではないんですか。
つんく♂
いや、あんまりないと思います。
岩田
本来リズムというのは
音楽の中のすごく重要な要素のひとつなのに、
そこにスポットライトが
当たってこなかったのはどうしてなんでしょうね。
つんく♂
やっぱり、譜面に載ってないからでしょう。
さっきの小さな「ン」を入れるというのは、
まぁ、譜面に乗せられなくはないんですけど、
基本的には、自分で見出していくことですから
最初から譜面に書いてあることではないんです。
岩田
そうですね。
つんく♂
覚え方があるとしたら、
うまい人の歌なり演奏なりを人が聞いて、
まるごと覚えて、ノリを再現していく。
本来、「譜面がない音楽」というのは、
そうやって、丸ごと覚えて
まねることによって伝わっていくんですね。
日本の雅楽や舞踊や民謡なんかも、
簡単な譜面はありますが、基本的には師匠から
「♪ちとんしゃんとしゃーん」って言われたのを
丸ごと暗記していくわけです。
それは、子どもがことばを覚えるときも同じですよね。
で、そういう、丸ごと覚えていくものって
「教えてください」って言われても困るんですよ。
岩田
ああ、たしかに、そうですね。
つんく♂
たとえば外国の方のものすごいダンスや
パーカッション、リズムというのは、
当然、譜面があるわけでもないし、
あの人たちの体に染みこんでるものですよね。
もう、ふつうにリズムを刻むだけで、
「♪ドンスタスタ、ドンドットスタタ」
とかなるんですよ。
あれを「教えてくれ」って言っても
あの人たち、困ると思うんですよ。
「え? なんで?」って。
「いや、だって、こうやってさ」としか
言いようがないんじゃないかなと思うんです。
岩田
最初からできている人たちは、
できない人の立場に立てないし、
できない人がどこでつっかえるかも
わからないから教えられないんですね。
つんく♂
そうですね。
だからやっぱり、リズム感を教えることって、
譜面化されてないというか、
メソッドができていなんだと思います。
逆に、譜面どおりにやるのは、
日本人って得意なんですよ。
ただ、それだとやっぱり
ノリというかグルーヴが出ない。
岩田
うーん、なるほど。