2. 純名さんとチャロの共通点

岩田

どうしてチャロ役に純名さんを指名されたんですか?

長野

本人を前にすごく言いにくいんですけど(笑)。

純名

うふふ(笑)。

長野

この番組をつくるにあたって、
まず最初の大きなターニングポイントになったのは、
チャロ役を英語ネイティブの人にするか、
それとも日本人にするか、ということだったんです。
先ほど「英語はそっちのけでもいい」と言いましたけど、
やはり英語教材ですので、正しい英語を収録する必要があります。
となると、やっぱりネイティブの声優さんで
やったほうがいいのかもしれない。

岩田

実際、チャロ以外のほとんどのキャラクターは、
ネイティブの人がしゃべっているわけですよね。

長野

ええ。でも、日本人向けの教材であることを考えたときに、
“共感”を呼べるような番組にしたいと思ったんです。
日本語を母語にしている人が、
一生懸命に英語をしゃべろうとしているというスタンスのほうが
共感してもらえるだろうと思いました。

岩田

まさに純名さんは
英語がうまくなりたいと思っていたわけですからね。

純名

はい。

長野

ですから、「事前にチャロの気持ちを味わっていた」
という話が先ほどありましたように、
純名さんの立場や英語に対する考え方は、すごくチャロに近いんです。
実は、『英語でしゃべらナイト』のときに
純名さんとは一度、仕事でご一緒しているんです。

純名

あ、そうなんです。

岩田

そのときから目をつけておられたんですか。

長野

はい。そのときジュリー・アンドリュースさん(※6)
英語でのインタビューをしていただいたんですけど、
そのときの記憶が強く残っていました。

※6

ジュリー・アンドリュース=イギリス出身の歌手。ミュージカル映画の『メリー・ポピンズ』や『サウンド・オブ・ミュージック』などで主役をつとめた。

岩田

純名さん、英語でインタビューするというのは、
すごく緊張されませんでしたか?

純名

はい、ものすごく緊張しました。
あのときは、頭のなかが真っ白になっちゃったんですけど(笑)。
この素晴らしい女優さんに、これだけは聞きたい、
という気持ちだけで乗り切りました。

岩田

そもそもインタビューは、シナリオ通りに進みませんしね。
相手が何を言ってくれるかで、次の質問は変わりますし。

純名

だから、いまもドキドキしているんです。
社長から何を訊かれるのかなって(笑)。

岩田

いやいや(笑)。
長野さんはその英語のインタビューのことをよく覚えておられて、
純名さんとチャロのひたむきなイメージが重なったんですね。

長野

その通りです。
そこで、日本犬のチャロがニューヨークに取り残されて、
ひとりぼっちになるという設定にしました。
最初はすごく簡単な英語しかしゃべれないんですけど、
それでもネイティブに話してもなんとか意味は通じる英語で。
だから、最初のひとことは、
Help, please!(助けてください)だったんです。

岩田

自分だけが取り残されてしまって、
誰も頼れる状態がないところからのスタートですからね。

長野

はい。そのように、
なんとか通じるというレベルの英語からスタートして、
最後には英語がどんどんうまくなるという物語にしました。
なので、英語がまったくできない人ではダメなんですね。
その点で純名さんは、日本語が母語でありながらも、
きれいな発音で英語を話されるので、
ある種、日本人が一生懸命に頑張って、
これくらいまで到達できたらいいなという、
ちょうどいいくらいのところにいらっしゃる英語力の方なんです。
・・・と、勝手に純名さんの英語力を解説してしまいましたが(笑)。

純名

いえいえ、とんでもないです。ありがとうございます。

長野

とはいえ、脚本をつくるときに、
チャロがしゃべる英語が、間違っているとまずいんです。
あくまで教材として使いますから。

純名

でも最初、「カタカナ英語でしゃべってください」と言われて、
そっちのほうが逆に難しかったりしたんです。
ところが、徐々にうまくなっていくと、
今度は、母国語にない発音をするのが大変になっていきました。

岩田

日本語にない母音があったり、子音があったりしますからね。

純名

それはもういろいろと・・・。
あと、すごく難しかったのが
気持ちを表現するときの言い方なんです。
チャロは日本犬ですから、日本人の気持ちで言いたいのに、
そのまま英語で言うと、意味が違っちゃうんです。

岩田

日本人的なイントネーションで言うと、
英語では違う意味に変わってしまうことがあるんですね。

純名

そうなんです。
たとえば「ああ、またか」と言うとき、
英語では Not again. と言いますよね。
ですから、わたしは「またか・・・」という
がっかりした気持ちを表すために、語尾を下げたいんです。
ところが、Not again. の語尾を下げて言うと、
英語では乱暴に聞こえてしまう場合もあるそうで・・・。

岩田

聞く人に拒絶感を与えるような印象になるみたいですね。

純名

「ちぇっ!」みたいな
ニュアンスになることがあるそうなんです。

岩田

自分としては気持ちを込めたつもりでも、
その場面のチャロのセリフとしては
ふさわしくないということですか。

純名

そうなんです。
下げる、上げるは、何度もやり直ししました。

岩田

純名さんがこれでいいと思ってしゃべっても、
「そこはちょっと違う」というような
細かく指摘をしてくれる人がいたんですか?

純名

もちろんです。
厳しい先生がいて、指摘をたくさんもらってました(笑)。
でもその先生のおかげで、いろんな違いがわかるようになりました。

長野

ただ、チャロはあくまで日本犬が
一生懸命に英語をしゃべっているというスタンスなので、
日本人がしゃべる英語でいいんだという考え方もあるんですね。
そこはせめぎ合いでした。

岩田

そのあたりの加減が難しかったんですね。

長野

はい。完全なネイティブの英語になってしまうと、
ちょっと番組の趣旨からはずれますし、
かと言って、ベタベタな日本人英語でも、
教材としてあまりよくないですし、そこのいちばんいいところを、
純名さんに探っていただいていたんです。

純名

でも、自分でもそこはわからなくて、
本当にダメなときはやっぱりダメで、そんなときは・・・
(うつむく仕草をして)シュンとしていました。

岩田

まさしくいま、
シュンとしたチャロの姿が目に浮かびました(笑)。

純名

あはは(笑)。

岩田

そういったチャロのけなげさは、
ネイティブの人では出ないということなんですね。

長野

そういうことです。
英語教材として正しい英語を収録しようということであれば、
もちろんネイティブの人に担当していただければ、
ぜんぶ一発でOKになりますし、収録時間も短くてすむんです。
でも、裏で純名さんがものすごく葛藤して、
それがそのまま声に出ること自体が、日本人向けの教材として、
共感を呼ぶものになるんだと思ったんです。

純名

そう、「純名さんができるんだったら、わたしもできるかも?」
と思ってくださる方も、本当に多いと思うんです。
実際、番組をご覧になっている方には
「この間、久しぶりに『リトル・チャロ』を見たら、
純名さんのチャロの声しか聞き取れなかった。だから頑張らなきゃ!」
みたいな声もあったりして・・・(笑)。

岩田

ネイティブの人が話す英語に比べて、
純名さんの英語は聞き取りやすいんでしょうね。

純名

ええ。だから、わたしとしては
「もっと勉強しなきゃ」みたいな(笑)。
でも「それでいいんだ、いいのかも」と。
それが長野さんの狙いだったんですものね。

長野

そうです、そうです。だから・・・。

岩田

だから、お客さんと英語をつなぐための・・・。

純名

橋渡しの役割、なんですよね。