3. 恐怖と解放のコントラスト
岩田
もう少し踏み込んでお話しすると、
ファンの方々が組織に入ることで、
その方たちは、その会社がつくる製品に理解や愛がありすぎるため、
一般の方たちとの感覚が、だんだんズレていきますよね。
これがいま、ソフトを開発するあらゆる集団にとって
課題でもあると思うんですが、
カプコンさんにはそれが少ないように思うんです。
コアなゲームの魅力が、本質として揺らがずに保たれていますよね。
川田
はい。さまざまなスタイルにチャレンジしてはいますが、
得意なものと苦手なものの自覚を持っているので、
得意なところは積極的に伸ばすようにしています。
岩田
自分で「ここが得意」と言える集団は、魅力的ですね。
ところで、「最近は日本発のゲームが以前ほど海外で
受け入れられなくなった」という話題がよく出るのですが、
『バイオハザード』の場合は
世界に通用するブランドとして維持されていますよね。
川田
一方で、われわれから見たとき、
任天堂さんのゲームはとても安定していて、
そこから学ぶべきものを、つねに考えているんです。
岩田
世の中にたくさんの娯楽がありますが、
安心感とマンネリはまちがうと紙一重で、
同じかたちをつづけると必ず飽きられてしまいますよね。
絶対安心なものをつくると「以前と同じ」と言われ、
冒険しすぎると「変わった」と言われてしまう。
これはシリーズ作をつくるうえで共通の悩みです。
川田
そうですね。
岩田
任天堂でも『マリオ』(※14)チーム内も
少しずつ世代交代していて、
チーム内でいろいろな世代の方が集まっては
『マリオ』らしさとは何か、と話し合うんです。
それは『ゼルダ』(※15)でも同じです。
きっと『バイオハザード』にも“らしさ”があって、
世代を超えて多くの方がかかわっていくなかで、
受け継がれたり、新しいものを取り入れたりしてきたと思うんです。
『バイオハザード』らしさを、川田さんならどう表現されますか?
川田
ひとことで言えば “恐怖”につきます。
でも恐怖のみを追求してもダメで、
『バイオハザード』がここまで受け入れられているのは、
グラフィックやサウンドなど、ゲームを構成する要素が
高いレベルで提供できているからではないかと思います。
今回の『リベレーションズ』のように、
ナンバリングとは違う完全新作をつくる柔軟な姿勢も含めて、
多くの方にアピールできる機会になっているのかな、と。
岩田
先ほど“コントラスト”とお話しされましたが、
“恐怖と解放のコントラスト”が、
すごくハッキリしたゲームですよね。
なぜなら、ひたすら恐怖がつづいたら遊べないですから(笑)。
川田
先に進めたくなくなりますからね。
岩田
不思議なのは、「怖いから嫌」と言いながら、
女性の方がコントローラをにぎって遊ぶ矛盾した状態が、
なぜこれほど起こったんでしょうね。
ここに『バイオハザード』の秘密があるような気がするんです。
川田
じつは女性の方のほうが
ホラーに耐性があるんじゃないでしょうか?(笑)
映画やコミックも女性向けのものが多いように思います。
『バイオハザード』の魅力、ひいてはホラー物の魅力とは、
未知なるものへの恐怖なんだと思います。
敵と出会って戦闘するところもゲームの楽しみなんですが、
そこに至るまでの過程で「何か出てきそうだ・・・」
という雰囲気が、ホラーのいちばんの醍醐味だと思うんです。
岩田
出てくるまでがいちばん怖いですからね。
川田
はい。「出そうだけど出ない・・・」という感覚は、
やみつきになるものなのかな、と思います(笑)。
岩田
「出そうだけど出ない」は嫌ですよね。
嫌だけど、やめられない。
多分、怖さから解放されたときにものすごい快感があるんですよね。
川田
そうですね。
銃をぶっ放すなど、恐怖からの解放のさせ方も重視しています。
そういうゲーム内のリズムにおいても、
コントラストは重要だと思っています。
岩田
『バイオハザード』がシリーズを通して支持されつづけるのは、
ホラーゲームのつくり方を、
ほかのチーム以上に何かつかんでいるからでしょうね。
それは、チームに根づく伝統や、
『バイオハザード』らしさを受け継ぎ、
育ててきた人たちの底力みたいなものの気がします。
“部屋に固定されたカメラ”という視点は当時、
背景を動かせないという制約があったから生まれた仕組みで、
その仕組みを活かして『バイオハザード』が進化し、
いまに至るわけですよね。
その後、ゲームそのものの表現力が上がり、
“恐怖と解放のコントラスト”を強化し、
どんどんダイナミックにしていったんですね。
川田
当時の開発スタッフの理想は『バイオハザード4』のような、
ステージすべてを立体で構成したゲームだったみたいですね。
残念ながら、当時のハードでは理想どおりの絵づくりができなかったようで、
あのような固定カメラ視点でのゲームシステムに至ったと聞いています。
岩田
『バイオハザード4』でスタイルを大きく変えられましたが、
それが、ファンのみなさんにすごく高く評価されていますよね。
長持ちするフランチャイズは、
根っこのテーマは共通していても
途中で大モデルチェンジするものですが、
『バイオハザード』はそれがうまくできていると思います。
川田
わたしはゲームキューブ版『バイオハザード4』の開発には
直接携わらなかったのですが、
かえってよかったかもしれません。チームスタッフと違って、
客観的にチーム状況を眺めることができていましたから。
ディレクターが強い意志で進めて、
まわりのスタッフも難しい要求にすべて応えて、
それらが厳しいスケジュールのなかで動いていたんです。
なんだかすごいゲームができている、
ミラクルが起きる予感がしました。
岩田
外から見るからこそ、
かえって様子がよくわかるんですね。
川田
ええ。「これ、遊んでみて本当に面白い?」と、
チームのスタッフによく聞かれました。
彼らはつねに調整をしつづけていますから、
自分たちがつくっているものが面白いかどうか、
客観的に見てもらわないとわからなかったんです。
岩田
ミラクルは、なぜうまく起きたと思いますか?
川田
まずは任天堂さんのゲームキューブというハードに
技術者がずいぶん慣れたうえで制作できたことが
うまくいった理由のひとつだと思います。
もともと制作しやすいハードでしたが、
『biohazard』を制作したノウハウを
しっかり活かすことができたことが多かったと思います。
あとスタッフの育成もうまくいっていたかと思います。
しかし、なんといっても当時ディレクターだった
三上(真司)さんのゲームづくりへの情熱や、
天性の才能がすばらしくて、
それがスタッフの質や開発タイミングと
うまくミックスできたからじゃないかなと思います。
岩田
システムを大きく変えるということは、
いままで自分が使えていた手口を捨てるということなので
すごく不安なはずなんですよ。
でも、そういったミラクルを目の前で見た人は、
自分も何かをやり遂げるチャンスがきっと増えますよね。
なぜなら“不可能が可能になる”ということを
信じられるということは、すごく大きいことなので。
『4』のモデルチェンジは、今後『バイオハザード』が
強いフランチャイズでいられるかどうかを決める、
重要なチャレンジだったんですね。
川田
はい。「フルモデルチェンジをする」という
つくり手の強い意志がありましたから。
ものづくり全体にいえることですが、
「こんなゲームをつくりたい」という強い意志は
なによりとても重要なんだなと学びました。