社長が聞く Wii プロジェクト - Vol.2 Wii リモコン編

第3回「新しいスタンダードになっていく」

岩田 Wiiリモコンが多くの問題を解決し、
さまざまな人たちを「説得」した一方で、
それで遊ぶにはテレビにセンサーバーを
つけなければいけないという問題がありました。
この点に関しては、最後まで心配する声が多かったのはたしかです。
センサーバーに対して、どんな不安と、どんな勝算があったのかを
みなさんにお話していただきたいと思います。じゃあ、池田さんから。

池田 私は過去に加速度センサーを使った商品を手がけていましたので、
その特性、あるいは限界というものを、ある程度は把握していました。
その経験からいうと、操作の信頼性を高めるうえで、
テレビ側からの絶対軸というものがどうしても必要だったんです。
テレビとコントローラをつなぐ光の軸をきちんと計って
絶対的な方向の軸を確立しておかないと、
誤差がたまってポインターがどこを指しているのかが
わからなくなってしまうんですね。
ユーザーがいま何をしているのかをわからせるために、
方向というのはやはりきちんと定めなければならない。
逆にいうと、加速度を計る軸と、方向を計る軸のふたつがあれば
コントローラの可能性がすごく広がるんです。
そのために、センサーバーは必要不可欠でした。

岩田 テレビとユーザーのあいだをつなぐのは
いわゆる「光」という、これまでにないものでしたから、
開発を進めるうえでは苦労があったんじゃないですか?

池田 開発の当初は、蛍光灯の光に反応してしまうことがあったり、
予想外のことがたくさんありました。
蛍光灯や、太陽光に反応しにくくする仕組みというのは
地味なところではありますけど、そうとう苦労したところです。

岩田 センサーバー自体のデザインというのも、
コントローラとはまた違った部分で苦労があったと思いますが。

芦田 そうですね。
まえにも言いましたように、そもそもWii本体のデザイン自体、
さまざまなAV機器がひしめき合っているテレビまわりの中で
違和感なく置いてもらうため、
極力小さくシンプルにデザインしたわけです。
にもかかわらず、Wiiを置いてもらったうえで
テレビにセンサーバーをつけてもらわなければならない。
それをデザインするというのは思った以上に苦労がありました。
センサーバーというのはテレビにつけるものなんですが、
最近のテレビというのは薄型のものが主流になってきていますので、
やはり、「テレビの上に置いてもらおう」というふうに
簡単に片づけるわけにはいかないんですね。
テレビ自体がリビングに調和するようにデザインされていますので、
いかにそこに馴染ませるかを考えなくてはならない。
設置場所にしても、画面の上がいいのか、下がいいのか。
いろんなタイプがあるテレビにフィットさせるためには
センサーバーをどういう形にするべきなのか。色は、何色がいいのか。
さまざまなタイプのものを、いくつも試作しました。
何度も宮本さんのところに持って行っては、ダメ出しされて……。
けっきょく、何回ダメ出しされましたかね?

宮本 ずいぶんやりましたねえ。
ぼくは、センサーバーの仕上がりについては
ものすごくしつこくて(笑)。
やはり、苦労して苦労して、Wiiのおもしろさを伝えて、
お客さんがやっと欲しがってくれそうになったときに
最後の最後で「……じつはこういうものもあるんですけど」と
差し出すようなところがあるじゃないですか。
正直なところをいえば、センサーバーというのは
つけなくてすむのであれば、ないほうがいいわけです。
それはもう、誰にとっても明らかですよね。
ところが、これがあるから信頼性が高まるんです。
技術のキモの部分ですから、つけないというわけにはいかない。
当初は、電池を入れるようにして、テレビのまわりに
ポンと置いてもらうようにしようかと言ってたんですが、
やはり、電池切れのストレスが生まれます。
そもそも、Wiiとテレビは必ずケーブルでつながれるわけで、
テレビとケーブルの範囲内に必ず本体はあるわけですよね。
だったら、電源は本体から供給するようにして、
あとはなるだけ目障りにならないように、
お客さんが自由なつけ方ができるように
徹底的に工夫しようということになったんです。
あの、考えてみればね、ファミコンのときは、
「遊ぶためにはテレビのアンテナ配線をはずしてください」
って言ってたわけなんですよね(笑)。

岩田 そうですね(笑)。
その苦労をみんなが乗り越えて遊んでいたんですね。

宮本 そうなんですよ。あのころに比べたら、
今回のチャレンジはハードルが低いともいえる(笑)。
いずれ、テレビにそういった機能が内蔵されるようになれば、
センサーバーは必要なくなるのかもわかりませんけど、
いまはやっぱり過渡期なんで、つけてもらうしかない。
そのために、だいぶちっちゃくしましたし、
目立たなくなるような努力をしましたので。

芦田 ケーブルの色ひとつとってみても、
黒がいいのか、グレーがいいのか、散々議論しましたし、
あの、こういうふうに、ケーブルを
センサーバーのどっち側にも逃がせるようにして、
テレビにピタッとつけられるようにしました。

宮本 やっぱり、あまり気にせず無造作に置く人と、
徹底的に隠したい人のふたつのタイプがあると思うので、
隠したい人の要望にできるだけ応えられるように。
もう、あらゆるテレビの形と、テレビ台のことを想定して、
とにかくピタッとつけられるように。

芦田 実はここも宮本さんからダメ出しをいただいた所なんです。
それ以前のデザインは、背面からケーブルの出口があって
ピタッとつけられなかったんですね。

宮本 もう、ここまでがんばってやりましたから、
「がんばってつけてください!」と言うしかないんですが(笑)。

芦田 そうですね。もう、とことんやって、
最後にはピタッ!とつけられるようにしました。

岩田 上司がなまじIDのことをよく知ってると、たいへんですね。
最後の最後で「金型変えればできるよね?」とか言い出すから(笑)。

芦田 (笑)

宮本 「やろうと思えばできます」って言われたら、
「じゃあ、すぐやろうか」って言いますからね(笑)。

岩田 よく「船が出るぞ状態」のときに、
宮本さんのせいで金型を直すはめになるんですよね(笑)。
それで、ハードがちょっとよくなるというのが毎回起こってますね。

芦田 船はもう、だいぶ出ていたんですけどね(笑)。
ソフトだけじゃなくハードでも、ちゃぶ台が……。

一同 (笑)

宮本 あと、ゲームの展示会のときに、
このセンサーバーをお客さんに見せるべきかどうかというのも
けっこう議論になりましたね。


岩田 そうですね。
まあ、でも、Wiiをおすすめするうえで、
センサーバーの存在というのは
きちんとお伝えしておかなくてはならない問題ですから、
基本的には、隠すのではなく、お見せするべきだと。
「こんなのがあるなんて知らなかった」って、
Wiiを買ってくださったお客さんに思われるのが
我々にとってはもっとも不本意なことですから、
「おもしろいかわりに、これは少し我慢してくださいね」
っていうことを最初からお伝えしようというのは
クリアーな方針としてありましたね。

宮本 お客さんにも、このセンサーバーの意義と、
技術的にどういうものかということを
ある程度きちんとわかってもらったほうが、
Wiiを快適に遊んでもらえると思うんですよ。
つける位置を工夫していただいたりね。

岩田 まあ、このセンサーバーがあることで
Wiiを受け入れない人がいるんじゃないかと
心配した人がいたのは事実なんですけど、
最終的に、これは乗り越えられそうな感じがするな、
というふうにいまは感じられていますね。

芦田 そうですね。

岩田 さて、そういうふうにして
Wiiのコントローラの仕様が決まったわけですが、
それを一般のお客さんにお披露目したのは
去年の東京ゲームショウのときでした。
あのとき、私はステージの上にいたわけですが、
コントローラを紹介するビデオが終わった瞬間の、
なんともいえない沈黙をすごくよく覚えているんです。
あの、時間が止まったような感覚……。
お客さんがどう反応していいかわからないというか。
このコントローラを苦労して作ってきたみなさんは
あの反応をどう思われましたか?

池田 やはり、ビデオを見ただけでは、なんともいえないと思うんですよね。
直接触っていない、体感していないということで、
戸惑いを感じられても無理はないな、と思いました。

芦田 ぼくは、お客さんの反応よりも、
デモとして作ったビデオの内容にすごく満足していて、
これで、我々の思っているイメージは伝わると感じて、
いけるんじゃないかと思ってましたね。

竹田 ぼくは、もう、ヒヤヒヤですよ。

一同 (笑)

竹田 発表会のあとで、一部のメディアの方から、
「すごいことをやりましたね!」とほめていただいて、
やっと安心はしましたけど、
まだまだこれからたいへんだなというか、
ようやく一里塚を越えたかな、という感じでしたね。

宮本 ぼくも「ヒヤヒヤ」のほうですね。
やはり触ってもらわないとわからないと思ってましたので、
映像のプレゼンだけでどれだけ説得できるかなって。
みんな拍手してるけど、ほんとうに伝わってるのかなとか、
奇をてらったものだと思ってる人がいるだろうなとか、
そういうふうに感じましたね。
ただ、まあ、あの日の東京ゲームショウで発表された
ほかのものを見ていたら、
ほとんどが過去のものを豪華にしたものばかりだったので、
「ああ、やっぱり任天堂は新しいことやってる」と思えて、
その部分では安心しましたけど。

岩田 東京ゲームショウと前後して、
社外のゲームクリエーターの方に
実際にWiiを触ってもらう機会を設けましたよね。
そのときの印象はどうでしたか。

芦田 ほとんど、肯定的な意見をいただけて、安心しました。
否定的な声がないとはいえませんでしたけど、
ほぼ好印象という感じでした。

池田 ぼくは機能の説明をさせていただくことが多かったんですが、
その説明が終わって実際にコントローラを触ってもらったときに、
みなさん「あ、これは新しいぞ」という顔をされるんです。
その表情に、ものすごく手応えを感じました。
あと、クリエーターの方たちがWiiに触ってすぐに、
その場でアイデアをどんどん出されるんです。
「何に使える?」「あれができる」「こんなこともできる」って、
その場で議論を始めるんですよね。その速度には、びっくりしました。

岩田 どちらかというと、プロデューサー系の開発者の人は
Wiiのコントローラに触ったあと、
「あれができなくなる」「これができなくなる」
というふうに考えがちなんですけど、
現場寄りのクリエーターの方というのは
「じゃあ、こんなことできますか」「あれはどうですか」と、
どんどん質問してきて、ニコニコしながら帰っていくんですよね。

宮本 その両方の反応があってふつうやと思うんですよね。
ぼくも、なんの相談もされずにいきなりこれを見せられたら、
「『ゼルダ』をどうしてくれるんだ!」って思ったと思うし。

一同 (笑)

岩田 で、つぎのお披露目が今年のE3でした。
開発の手応えを感じながらも、
お客さんに触ってもらうまでは
やっぱりみんな不安があったと思うんですよ。
今日いるみなさんは、E3を実際に体験して、
お客さんの反応を直に見られたと思うんですが、どうでしたか?
じゃあ、まず池田さんから。

池田 あの、ぼくはまず、カンファレンスで感動したというか、
宮本さんがステージに上がって
コントローラでオーケストラを指揮するデモから始まって、
最後に岩田さんたちの『Wiiスポーツ』のテニスがあって。
それが終わった瞬間に、その、涙が出そうでした(笑)。
身内でこういうことを言うのはあれですけど、感無量でしたね。
その後、会場ではたくさんのお客さんたちに触ってもらえて
その反応を見て、また感無量になって(笑)。

芦田 ぼくは任天堂の展示コーナーにへばりついてたんですけど、
任天堂ブースの盛り上がりというのは
過去のE3では経験したことがないものでしたね。

岩田 あの、たくさんのコントローラを並べた
ガラスケースがあったじゃないですか。
あのケースの前にできた人だかりというのは、
ちょっと忘れられないですね。

芦田 多かったですねー。
いままでもそういう展示はありましたけど、
ああいう雰囲気は初めて経験しました。

岩田 すごく熱気がありましたよね。
食い入るようでした。

芦田 ほんとうにすごかったですね。
それと、アメリカの任天堂スタッフも含めて、ほんとうにみんな楽しそうで。
ゲームを触ってくれたお客さんもニコニコしていて。

岩田 触ってくれた人の笑顔はすごく印象的でした。
「なぜみんなこんなにニコニコしているんだろう」と
他人事のように不思議に思ったくらいです。
何が起こっていたんでしょうか?

芦田 何か新しいものと出会えたといううれしさなんですかね。

池田 触りたかったものに、
ようやく触れたというのがあるんじゃないでしょうか。
画面の中のものを動かすというだけでも快感ですけど、
Wiiには画面の中のものに「触れる」という感覚がありますから。

宮本 列に並んでるお客さんたちが、うしろから画面を見ながら、
「早く替わってほしい」と思ってるのがわかるんですよね。

池田 ああ、それは感じました。

岩田 開発責任者である竹田さんは、E3をご覧になってどうでした?

竹田 やっぱり、アメリカ人というのは、
いわゆるオリジナリティのあるチャレンジに対して
素直に拍手してくれる国民性がありますよね。
そういう意味では、いまみんなが言ったように
評価されたなという、うれしい思いはありましたけど、
「いや、まだ、ハードが一段落しただけだぞ」
という気持ちもあって(笑)。
まだまだやらなくてはいけないことが山ほどあるわけですから
みんながあまり舞い上がらないように、
「まだまだ仕事はたくさんあるよ」という、、、ね(笑)。

岩田 竹田さんは、E3から帰ってきてすぐ、みんなに、
「まだ終ってないからね」って言ってましたからね(笑)。

竹田 やっぱり、まだ終わっていないんでね。
こうしているいまも続いているわけですし。

岩田 ハードはひと区切りしつつありますけれど、
ソフトのほうはどうですか。
当初の想像を超えるようなものができてきましたか?

竹田 そうですね。
新しい仕組みを使ってどう遊んでいくかというのは
ある意味、我々の本領発揮の部分ですが、結果としては、
私たちハード部隊から見ての自分達の仲間(ソフトコンテンツ部隊)の
実力のほどを再認識させてもらいました。
新しいものをいかに効果的に見せるかということについては
身内ながら、たいしたもんだなと思いますね。
おべんちゃらじゃなくてね(笑)。

岩田 実際にコントローラの設計をしてきた池田さんは、
最近できあがってきたソフトを触ってみてどうですか。

池田 いやー、ビックリしてます。

岩田 自分で作ったのに(笑)。

池田 そうなんです。自分がセンサーの仕様を作ったはずなのに、
「え! こんな使い方するの?」と驚くことが多くて、
そういう発見に出会うたびに、非常に刺激を受けますね。
相談されることも多いし、ぼくも相談させてもらったり。

岩田 宮本さんはいかがですか。

宮本 うん。ひと言でいってしまうと、みんなすごく楽しそうですよ。
やっぱりここ数年の流れの中で、ソフトのチームは全体として
新しいことをやっていかないと大勢の人に遊んでもらえないぞという
危機感をずっと持っていましたから。
そういう危機感や、逆にそこをブレイクスルーする喜びというのは、
DSを経験してすごく強くなってますんでね。
発想の枠が取り払われる喜びで突っ走ってます。
たとえば『Wiiスポーツ』でテニスを作っていても、
操作するのはただの「こけし」みたいなキャラクターなんですよ。
で、プレイヤーはコントローラを振るだけで、
キャラクターは勝手に走り回ってる。
そういう、リアルなテニスゲームを作っていたときの常識で考えたら、
とんでもないような企画がどんどん現場から挙がってくるんです。
必要以上にシンプルにしようとする人がいるから、
「もうちょっと凝ってもいいよ?」
という話をぼくがせなあかんくらいで(笑)。
ですから、非常にムードはいいですよね。

岩田 それでは最後の質問にしましょう。
任天堂はどうしてこんなコントローラを作れたと思いますか?
これまでの話のまとめになってもかまいませんので
ひと言ずつお願いします。

池田 任天堂という会社は、
「何か新しいことを」ということを
つねに求められてるような気がします。
新しいことをやって褒めてもらおうという、
そこがやっぱり任天堂のスタイルなのかなと思います。

芦田 やはり、ハードの開発部門とソフトの開発部門の連携ですね。
任天堂ならではのこの連携が
新しいものを生んでいくパワーというか源だと思います。
そういった、任天堂のいいカルチャー、いい伝統は、
これからも維持していきたいですね。

竹田 ぼくも同じですね。
任天堂のいい伝統というかDNAというか。
何か新しいことをやろう、
エンターテインメントは新しくなかったら意味がないぞという、
そういう志が常にあるからできたんじゃないですかね。

岩田 じゃあ、最後に、宮本さん。

宮本 やっぱり作ってる現場の人間としては
新しいことに保守的になる部分もあるんですよね、どうしても。
だから、そういうふうな
「保守的になってしまう自分たち」があることを認めたうえで、
それを崩してくれる人たちがまわりにいっぱいいるということを
大事にしていこうというふうに思ってます。
それと、任天堂というのは、
ハードとソフトの両方を考えながら商品全体を作れる組織であって、
そういう組織って世の中にそうはたくさんないと思うんです。
今回のWiiでは、あらためてそのことを実感したし、
何か新しいものを作るときには
よりその力を発揮する会社だなとあらためて感じましたね。

岩田 Wiiを世の中に出すにあたっては、
それこそ、いくつもの箱がいっぱいになるほど、
モックアップや、試作品や、試作ソフトがあるんですけど、
やっぱり全部無駄じゃなかったなという感じがしています。
それらがものすごい速度で回っていって、
ある運命的ないくつかの技術の出会いがあったとき
一気にいろんな問題が解けたという、そんな印象があります。
いま、十字ボタンとABボタンというインターフェイスに
誰も疑問を持たないですよね。
でも、20年以上前には、多くの人が
「これでゲームするの?」って疑問に思ったんです。
ですから、ぼくらがこれからやるべきことをしっかりやったら、
いま、すごく変わった形に見えているこういうコントローラが、
新しいスタンダードになっていくんじゃないかと思うんです。
その一部始終を見るチャンスに恵まれたというのは
ものを作ることを生業とする人間にとって、
ものすごくラッキーなことだなと私は思ってます。
みなさん、どうも、ありがとうございました。


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