岩田
少し専門的になりますけど、
劣化雑音のノイズ君以外のキャラクターも含めて、
どんなことをすると情報の欠落した音声がつくられて、
なぜ人はそれをきちんと聞けてしまうのでしょうか。
専門家の立場からお話してもらってもいいですか?
(オトデザイナーズ)坂本
はい。音の聞き分けで、いちばん典型的な例は、
『タモリ倶楽部』(※9)の「空耳アワー」(※10)です。
外国の曲なのに日本語の歌詞がのると、
そう聞こえてしまいますよね。
※9
『タモリ倶楽部』=1982年からテレビ朝日系で放送されている、タモリさんが司会を務める深夜のバラエティ番組。
※10
空耳アワー=日本語以外で歌われているが、日本語のように聞こえる歌詞を視聴者から募り、イメージ映像つきで紹介する「タモリ倶楽部」の代表コーナーのひとつ。
岩田
何度聞いても、そう聞こえるのが不思議です。
(オトデザイナーズ)坂本
音というのは、さまざまな高さの周波数が
混じり合ってできているものなんです。
人間は、音の周波数成分が変化する様子を
耳と脳で分析しながら、言葉を聞き分けているんです。
一方で、たとえば「こんにちは」という音には
音量、つまりパワーの強弱がありますが、
こちらは言葉の聞き分けにはあまり使われていません。
一般の方は、言葉の聞き分けには
音量が肝心と思われるかもしれませんが、
じつは脳の中で切り捨てられている情報なんです。
岩田
はい。
(オトデザイナーズ)坂本
つまり周波数の変化が聞き分けにもっとも重要なんです。
ゲーム内に出てくるキャラクターは
基本的にわざと周波数の変化を加工しているんです。
ノイズ君の場合は、
周波数変化がほとんどまったくないものに置き換えることで、
何を言っているか脳がわからなくなるんですね。
でも「こう言ってるんだよ」と答えを示されると、
いままで捨てていた音の強弱の情報などを使って、
人間は無理矢理、脳の中でそのように認識しようとするんです。
岩田
だから「空耳アワー」と原理は同じなんですね。
(オトデザイナーズ)坂本
そのとおりです。
そういう意味では、人間の脳は非常に素直とも言えます。
さきほど佐藤さんがおっしゃっていた
「血みどろの」みたいに、
たとえ違う答えでも、無理矢理つなげちゃうわけです。
岩田
ある種、暗示にかかるわけですね。
(オトデザイナーズ)坂本
でも『キキトリック』の非常に面白いところは、
「空耳アワー」と違って、やりつづけていると、
80〜90%は答えがわかるようになることなんです。
つまりトレーニング効果があるってことです。
岩田
それは、その部分の脳が鍛えられるということですか?
(オトデザイナーズ)坂本
はい、そう思われます。
岩田
ずっとつき合っていくうちに、
佐藤さんも実際に聞こえるようになりましたか?
佐藤
僕はもう、すべて聞こえます。
(オトデザイナーズ)坂本
多分、わたしよりも聞こえていますよね。
佐藤
3年間やりましたからね(笑)。
逆に、聞こえないみなさんが不思議なんです。
だから僕がゲームの難易度を調整すると難しくなりすぎちゃって、
みんな解けなくなってしまうものだから、
難易度調整がすごく大変でした。
岩田
ディレクターが難易度調整で何の役にも立たない、
という問題が発生してしまったんですね(笑)。
佐藤
はい(笑)。
テストプレイを開発チーム以外の人にお願いすると、
どうしても聞き取れずにクリアできないステージが出てきます。
「難しくて聞こえないはずだよね」って誰かが言うと、
まわりもそれに同意して急にみんな聞こえなくなってしまうんです。
でも、僕がそのステージをクリアして見せると、
みんなも突然、聞き取れるようになるんです。
これは“耳の思い込みのカベ”なんです。
じつはこのゲームでは、耳の使い方をちょっと工夫すると
突然、次のステージへ上がれるようになるんです。
そこで、オトデザイナーズの坂本さんとも相談して、
ゲームに“日常の耳のカベ”という独自の基準をつくり、
それをクリアラインに設定しています。
(オトデザイナーズ)坂本
学術的に言えば、かなり個人差があるので
線を引くこと自体が難しいんですけど、
モチベーションをつくってあげたほうが
ゲームは面白くなりますから。
岩田
『脳トレ』(※11)における脳年齢が
ひとつのモチベーションだったのと同じですね。
※11
『脳トレ』=『東北大学未来科学技術共同研究センター川島隆太教授監修 脳を鍛える大人のDSトレーニング』シリーズ。脳活性化ソフト。1作目は2005年5月、ニンテンドーDS用ソフトとして発売され、2005年12月には2作目が発売された。
(オトデザイナーズ)坂本
はい。あと、聴覚の面白いところは
トレーニングをして徐々に上がっていくとは限らないところです。
外国語の学習でそうおっしゃる方がいますが、
多くの場合、ある日、急に聞こえるようになることが多いんです。
『キキトリック』では、その感じをうまく出せていると思います。
佐藤
自分の耳がいいと思っている人ほど、
じつはわりと聞き取れなくておどろくと思いますよ。
逆に自分はあまり聞こえないかも・・・と言う人は、
わりと全部聞こえることもあります。
岩田
へぇー、面白いですね。
佐藤
「ミミプロ」では8種類の聞き取りに挑戦できますが、
種類によって得意なものや苦手なものもわかれると思います。
たとえば「ようちえん」では
園児の言い間違いを指摘するんですが、
「とうころもし」とか「エベレーター」とか
単体で聞いたら誰でもわかるんですけど、
すごくテンポよく単語をつなげられると、
途中でポンッと「とうころもし」って入っていても
気づかないんです。
岩田
最初のとっかかりは劣化雑音でしたけど、
本当にバラエティ豊かなものになりましたね。
坂本(賀勇)さんは、
少し離れたところからソフトを見ていて
面白いなと思ったのはどんなところですか?
(任天堂)坂本
やっぱり僕も「空耳アワー」が好きなんです(笑)。
聞こえないものでも文字やイラストを見ると、
そのとおりに聞こえてしまうところが
面白いなぁと思っていました。
あとは“聞こえている人”と“聞こえない人”と、
“聞こえているつもりの人”がいたときの会話の面白さですね。
それこそローカルなコミュニケーションというか、
自信たっぷりなのに間違えたり、
みんな聞こえているのに自分だけ聞き取れなかったりして、
「これは新しいゲームのスタイルになるな」
というところにいちばん興味をひかれました。
岩田
わたしは、どの映像の音が流れているかを当てる
「電器店」が面白くて好きです(笑)。
佐藤
あれはみなさんが楽しんでくれて、
アニメーションとか、実写とか、
映像もわりとバラエティに富んだものが入っています。
坂本さんのチームならではの味で、
すごく楽しいものになりました。
岩田
あのへんのごちゃ混ぜ感が何とも言えないですね。
何しろ『メイドインワリオ』(※12)や『リズム天国』を
つくってきた人たちの血でできているわけですから。
※12
『メイドインワリオ』=2003年3月、1作目がゲームボーイアドバンス用ソフトとして発売されたアクションゲームシリーズ。
(任天堂)坂本
「電器店」のムービーは僕もすごく好きで、
「かなり面白いから一覧で見られるようにして!」
と佐藤さんに頼みました。そうすれば、
登場したものは後でじっくり見直せますから。
岩田
つくっている人たちが非常に楽しんでいるのが、
プレイしていてひしひしと伝わってきます(笑)。
ゲームとして見る以外にも、
「何てバカなことをやってるんだ・・・!」
ってつっこみたくなることも含めて、面白いです(笑)。
一同
(笑)