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子どもの頃、ゲームボーイで
『夢をみる島』(※12)をプレイしたのは覚えています。
が、それ以来シリーズを手にとることなく、
今回『スカイウォードソード』の担当を告げられた際、
正直複雑な気持ちを抱きました。
でも今回ゲームをプレイした素晴らしい体験は、
またたく間に、わたしをシリーズのファンにしてしまいました。
※12
『夢をみる島』=『ゼルダの伝説 夢をみる島』。『ゼルダ』シリーズとしては初のゲームボーイ用ソフト。1993年6月発売。また、1998年12月には、ゲームボーイカラー用ソフトとして、リメイク版の『ゼルダの伝説 夢をみる島DX』が発売された。
岩田
こちらは欧州の翻訳で、
ドイツ語を担当された方ですね。
青沼
今回、ほぼ初めて遊んだ、という方もすごく多いんです。
そういった方たちが数百時間遊んでも
「まだ遊びたいです」って言ってくださるのは、
本当にうれしいですね。
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『スカイウォードソード』の魅力は
原点回帰であり、ひとつの解答である。
『トワイライトプリンセス』(※13)からの正統進化にはあらず、
『ゼルダ』の冠を与えられつつ、マンネリ化を断ち切った。
※13
『トワイライトプリンセス』=『ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス』。2006年12月に、Wiiおよびゲームキューブ用ソフトとして発売されたアクションアドベンチャーゲーム。
青沼
シンプルさを極めることが原点回帰につながって、
かつ似て非なる新しさが生まれた、
ということを、この方は言われているんですね。
岩田
ここでやっぱり、
なぜその“変革”ができたのか、
冒頭の青沼さんへの問いかけに立ち戻りますけど、
先ほどから、オブザーバーとして同席していただいている
藤林ディレクターにも参加してもらいます。
藤林
はい、よろしくお願いします。
岩田
改めて、青沼さん。
今回の“変革”の要因は、どこにあるんでしょうね?
青沼
それはやっぱり、ひとことでは言えないんですが、
大きくはこれまでの積み重ねである部分と、
今回3D『ゼルダ』に初めてディレクターとして参加した
藤林さんのパーソナリティの影響もあると思います。
岩田
まず積み重ねというのは、
どういったところからのものなんですか?
青沼
具体的に言うと、自分のなかではやっぱり
『時のオカリナ』が「据え置きゼルダ」の基準となっていて、
そこからの積み重ねという意味では、
まったくのゼロからは、つくっていなかったんです。
無意識のうちに、
「これはこうでなくてはいけない」
「変えすぎると受け入れられない」
っていう守りの意識も強くあったと思います。
岩田
伝統あるシリーズものというのは、
そういう葛藤は避けられない宿命ですからね。
青沼
それを常々自分でも感じていて、
『トワイライトプリンセス』をつくった後は、
DS版『夢幻の砂時計』(※14)で
プロデューサーとして客観的な視点に立って、
サブディレクターとなった藤林さんに
そのあたりを含めた数々の無茶振りを
お願いしたわけなんです(笑)。
※14
『夢幻の砂時計』=『ゼルダの伝説 夢幻の砂時計』。『ゼルダ』シリーズ初のニンテンドーDS用タイトルとして、2007年6月に発売された、ペンアクションアドベンチャーゲーム。
岩田
・・・ということですが、藤林さん?
藤林
はい。たしかに
いろんな無茶振りをいただきました(笑)。
それが『スカイウォードソード』にも
つながっていくわけなんですが・・・。
岩田
わたしが思うのは、今回の藤林さんって、
宮本さんが昔、『スーパーマリオ64』(※15)を
つくったときと境遇が似てる気がしてるんですね。
宮本さんは当時、
『マリオ』のさまざまな作法のなかから
残すものと捨てるモノ、
そして新しく足すものを選んで、
『スーパーマリオ64』をつくり出した。
その衝撃はいまでもいろんな人の語り草になってますし、
そこから生まれた3Dゲーム自体の作法もある。
『ゼルダ』も、『時のオカリナ』でそれを一度やってきた。
※15
『スーパーマリオ64』=1996年6月にNINTENDO64用ソフトとして発売されたアクションゲーム。2004年12月には、ニンテンドーDS用ソフトとしてリメイクされた『スーパーマリオ64DS』が発売。
藤林
はい、そうですね。
岩田
藤林さんは2D『ゼルダ』をずっとつくってきて、
その体験のうえで、初めて今回、
据え置きの3D『ゼルダ』にチャレンジした。
3Dの開発という意味では、
昔より遙かに蓄積されたノウハウと熟練したスタッフ、
そして青沼さんや宮本さんがいるベストな環境で、
きっと当時の宮本さんと同じような体験を、
藤林さんがしているんじゃないか、と思うんです。
藤林
はい。とても恵まれていたと感じています。
青沼
ある意味、すごくうらやましいですね。
僕はもう、そんな経験できないから。
岩田
青沼さんは、また上がったハードルに
日夜苦悩を続けているわけですからね(笑)。
青沼
いや、本当にどうしようかなぁ、と・・・(笑)。
今回のこれをよしとして次につないでいくと、
また結局マンネリにつながってしまうじゃないですか。
藤林
そこが難しいんですよね。
自分も次回作のことを考えてはいるんですが、
本当に、ハードルが高く感じています。
青沼
今回やり切れていないことも
たくさんあるんですけどね。
岩田
そこは、有限の時間と人の数で
つくらなきゃいけないわけですし、
やり残しがない、ということはないでしょう。
ただ5年はちょっと・・・長かったですよね(笑)。
次は3年くらいで、何とかならないですかね?
青沼
すみません! 本当にそのとおりです(苦笑)。
藤林
すみません、3年の構想を考えます!
岩田
藤林さん、今日はいろんなコメントを聞いてて、
くすぐったかったんじゃないですか?
藤林
いや、もう、なんとも言えないですね(笑)。
でも今日、ずっとお話を聞いていて、
僕が宮本さんに習おうとしていたことが
少し実現できたんじゃないかと、感じました。
ちょっと恐れ多くて、言いにくいんですが・・・。
岩田
それは、どんなところですか?
訊かせてください。
藤林
僕はゲームをつくるとき、
いつも「宮本さんのゲームはなぜ、
10年も20年も売れるんだろうか?」
って、ずっと考えていたんです。
それで僕なりに思っていたのは、
宮本さんのゲームって、
“文化”ではなくて“感覚”というか、
極端な話、原始人が遊んでも、現代の我々が遊んでも、
わー! って、騒ぐポイントが一緒じゃないかと思っていて、
そこに言語や文化的な知識は必要ないんです。
青沼
うん、うん。
藤林
そこへ先ほど、
「今回の『ゼルダ』は日本語がわからずとも楽しめました」
っていう海外の方のコメントをお聞きして、
「あ、これは“感覚”で遊ぶってことができたかな・・・」
って思ったんです。
自分のなかでは、まったく計算外でしたけど、
『ゼルダ』25年の歴史のなかで培われてきた
宮本さんの遺伝子が、今回の原点回帰で
思いがけず、ひとつの結果を出せたような気がしました。
岩田
宮本さんが『時のオカリナ』をつくったときは、
いまよりもずっと窮屈な箱に中身を詰め込む作業で、
そこからどうつくっていくかにも、
ものすごい知恵と工夫が必要だったわけじゃないですか。
今回の場合、その部分に費やすエネルギーを
どうやってプレイヤーをおもてなしするか、という点に、
徹底的に力を注ぐことができたんですよね。
藤林
そうですね。
岩田
一方で、青沼さんと藤林さんは
ものすごくシンプルな構造を定義して、
そのなかに、深さと、量と、バリエーションを詰め込みまくった。
そういう構造でできた、ひとつの境地なんでしょうね。
藤林
はい。
青沼
僕も、そう思います。
岩田
青沼さんは、今日どんな感想を持たれましたか?
青沼
僕はつくづく・・・
自分はラッキーな人間だなぁと思っています。
いままで『ゼルダ』をやり続けられたのもそうですし、
積年の思いだったひとつの命題に、
藤林さんや宮本さん、
そのほかたくさんのスタッフと一緒に
ひとつの答えが見いだせたように思いますし、
しかも、これでおしまいではなくて、
まだまだ先に進める気がしていて。
ラッキーとか偶然に頼ってはいけないけど、
心からそう感じてるんです。
藤林
青沼さん、大事ですよ。
“たまたまなモノ”なんてないんですから。
岩田
そう、たとえ計算してたとしても、
保証はないですからね。
見えないものに向かって突き進んで、
計算どおりのことと、計算どおりいかないこと、
予想外のこととが入り交じって、
結果が生まれるんですよね。
青沼
いままで自分がゲームをつくってきたなかで
そういうこともまま経験してるんですけど、
今回生まれた相乗効果は、
かつて経験したことがない、
ということは言えると思います。
岩田
まぁ、素直に
「すごいものができたなぁ」
っていうことですかね(笑)。
青沼さん、たしかに運がいいですね。
青沼
間違いないです。
そしてこれは、25周年のタイミングですから、
『ゼルダ』もきっとラッキーなんです(笑)。
岩田
天に感謝ですかね。
青沼
はい。「スカイウォード(※16)」な「任天堂」ということで(笑)。
※16
スカイウォード(SKYWARD)=「ward」という言葉には「何かを保護する者」という意味があり、「スカイウォード(SKYWARD)」で、「空の保護者」または、「空に守られる者」という意味合いになる。
岩田
青沼さん、藤林さん、
そして今回、コメントに協力していただいたみなさん、
ありがとうございました。
社長が訊く『ゼルダの伝説 スカイウォードソード』は
これにてひとまず、完結です。
本当に、ありがとうございました。