2. 崩壊寸前までいった開発チーム

岩田

体重計のメーカーさんを訪問しても具体的に話が
進みそうになかったので、自分たちで体重計を
つくってみることにしたわけですね。
そのとき、単なる体重計ではなく、バランスも測れるようにしたことが、
『Wii Fit』という企画の大きな転機になったんだと思います。
プランナーの澤野さんは、お相撲さんが2台の体重計に乗ることから、
バランス計のアイデアが浮かんだという話をしていましたが、
ソフト開発者としては、どんなタイミングでバランス計に出会ったのですか?

杉山

僕自身もネットなどでいろいろ調べていまして、
整体の分野では、体重計を2つ使って、
正しい姿勢を保つやり方があることを知りました。
それで宮本さんにも、「バランス計はどうでしょう」と
相談したことがあるんです。

岩田

それは、とても興味深いエピソードですね。
「体重計を使って何かできないか」というお題を与えられて、
ハードチームは、お相撲さんの世界から、
一方ソフトチームは、整体の世界から、
同じバランス計のアイデアに行き着いたということなんですね。

杉山

そうなんです。
普通の体重計では、
その先の展開が広がらないことがわかっていましたので、
差別化を図るためにはどうしたらいいかということばかり考えて、
バランス計に行き着いたという感じでしたね。
それで、宮本さんも第1回のインタビューで話していましたけど、
2台の体重計に乗ったときのバランスを、パーセントで表示するようにして、
それをモニターに映すようなテストをしてみました。
実際にやってみると、すごく盛り上がったんです。
50パーセントピッタリにするのがけっこう難しくて、
それこそ無の境地にならないと、不可能なんですね。
そこで、究極のチャレンジということで、
『Wii Fit』にも隠しネタで入れるようにしました。

岩田

バランスというお題が振られてきたとき、
松永さんはどう思いましたか?

松永

これは突破口になると思いました。
僕はずっと「健康」のことで悩み続けてきましたし、
当時は、どんなアイデアでもいいから
聞いてみたいというくらいに行き詰まっていたんです。

杉山

実は・・・、バランス計のアイデアが出る前は、追い詰められて
チームとしては崩壊寸前だったんです。

岩田

崩壊寸前!? プロデューサーとしては衝撃の発言ですね(笑)。

一同

(笑)

松永

バランス計に行き着く前は、
どんなアイデアを出しても、宮本さんに却下されてしまいますし、
メンバー同士でケンカになったくらいなんです。

杉山

とにかく体重計を使って遊びに結びつけるのが困難で、
普通の体重計での企画に限界を感じていました。
その頃チームのムードは、ギクシャクして、
モチベーションは下がる一方でした。
最後に「このバランス計でダメなら、やめよう」とまで言ってましたね。
もちろん、内心ではこれならいける、と確信していましたけど(笑)。

岩田

それでバランスのアイデアが、
崩壊寸前だったチームの危機を救うことになったんですね。
お相撲さんと、整体の人に感謝しなきゃいけませんね(笑)。
でも、最初からバランス計に本物の手応えを感じたんですか?

杉山

2台の体重計をつないで遊んでみたとき、
バランスにはスジがあると感じました。
そのシステム自体は、1週間程度でできたんですけど、
それからはけっこう早かったです。

岩田

スジのいいアイデアに出会うと、その先は早いんですよね。
でも、澤野さんは、左右のバランスだけでなく、
前後でもとれるようにしようと提案したら、
ソフト開発者の受けはあまりよくなかったという話をしていましたが・・・。

松永

前後のバランスについては、
体重計の構造について試行錯誤した後で、
けっこう時間がたってから出てきたんです。
自分としては、左右だけでも手応えがかなりよくて、
その範囲でも楽しいソフトがつくれるという確信がありました。
それで開発を進めているところに、前後の話が出てきて、
それをどうやって使えばいいのかって悩んだりしましたし、
操作が難しくなるんじゃないかとも思いました。
しかも、あれだけ悩んだ末に、
やっと企画がまとまろうとしているところに、
また新しいお題が出されるような感じもしましたし・・・。

岩田

新たに、もう1台のちゃぶ台が用意されたようなもので、
松永さんにとっては、ありがた迷惑だったんですね(笑)。

一同

(笑)

岩田

一方で、宮本さんの指示があって、
バランス専門のトレーナーの先生を
探すようなこともしていたんですね。

杉山

そうです。それは、たまたまだったんですけど、
バランスを基本においたトレーニングを模索しているときに、
今作のトレーニング監修をお願いしている松井薫さんに出会いました。
松井さんは姿勢のことについていろいろ詳しかったですし、
とても熱心に僕たちの話を聞いてくださったんです。
そこで協力していただくことになりました。

岩田

松井さんとは、最初から意気投合したんですか?

杉山

最初はやっぱり「どうして任天堂の人が?」という感じで、
キョトンとされてましたね(笑)。
でも、実はいろいろ調べている中で、
松井さんの所属しているジムのホームページを見たら、
体重計が2つ並んでいたんです。
同じことを既にやっておられたので、
すぐに私達のやりたい事を理解してもらえるだろうと思っていました。

岩田

それはもう運命的な出会いという感じですね。

杉山

そもそも最初に相談に行ったころは、
バランスWiiボードが横長になる前のことだったんです。
体重計のような四角いボードだと、狭すぎて、
「ヨガ」や「筋トレ」のような運動をするのは不可能ですよね。
だから、一般のフィットネスDVDのように、
映像を見ながら運動するようにしたらどうか、という話になりました。
そこで、トレーナーさんたちがやっている一連のトレーニングを
ムービーに編集して、社内で試しに見てもらったんです。
そしたら宮本さんが、「コレや!」って叫んだんです。

岩田

え・・・?

杉山

僕らは何のことかわからず、キョトンとしてしまって・・・。
すると宮本さんは、「何でわかんないの?」って怒るんです。

松永

そのときわたしもその場にいましたけど、
ぜんぜんピンときませんでしたね。
「どうして怒られるの?」って感じでした(笑)。

岩田

ああ、なるほど。その心境はよくわかります。
宮本さんからいきなり電話がかかってきて、
「わかったよ、岩田さん」って言われたときの、わたしと同じですね。
言ってる本人だけがわかってるんです(笑)。

杉山

そうなんです(笑)。だから僕らも、あとから説明されて、
ようやく理解することができました。
要はトレーニングをはじめるときの自然体って、
肩幅ぐらいの間隔で両足を広げるものなんですね。

岩田

となると、体重計のようなサイズでは狭すぎると。
そこで、バランスWiiボードは肩幅のサイズが
どうしても必要だということになったんですね。

杉山

「コレや!」って言われたときは
目が点になったんですけど、とてもエポックな瞬間でした。
そこからは、トントントンという感じで、どんどん開発が進んでいきました。
でも、ボードのサイズを大きくするなんて
もともと、頭の中にはなくって・・・。

宮本

僕の悪口でもいいから、正直に言っていいよ。
何なら退席しようか?

一同

(笑)

岩田

これを読んでくださってるみなさんにご説明しますと、
実は今回のインタビューには、宮本さんも同席しています(笑)。
というわけで、杉山さん、正直にそのときの気持ちを話してください。

杉山

体重計の企画をはじめたときからずっと、
宮本さんからは「ボードのコストは1円でも下げてくれ」って
言われ続けていましたからね(笑)。
だから、ボードを大きくするという発想が、
そもそも僕らの頭の中にはなかったんです。
少しでもサイズを大きくすれば、
当然コストは上がってしまいますので、
どちらかというと、コンパクトにする方向しか
考えていませんでした。

岩田

でも、1本のビデオが、ボードのサイズを
決めるキッカケになったということですね。

宮本

僕の指示が、現場を混乱させたことは
申し訳ないと思うんですけど、やっぱり、
自分で体験することは大事なことだと思うんですね。
『トワイライトプリンセス』でエポナ(※3)をつくったときも、
乗馬クラブに行ったりしましたしね。
それで今回も、みんなで都内某所のジムに行って、
トレーニングの体験をするようなこともしまして。
その様子を見ながら笑ってたんですけど(笑)。

岩田

それはぜひ見てみたかったですね(笑)。
『リズム天国』(※4)をつくったチームが、
つんく♂さんのダンスレッスンを受けるところから
はじまってるのと同じことですね。

※3

エポナ=『ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス』に登場した馬のこと。

エポナ

※4

『リズム天国』=2006年8月に発売されたGBアドバンス用ソフト。つんく♂さんがプロデュースを担当。

『リズム天国』