岩田
これから、みなさんに『Wii Fit』はどのように
生まれたのか、ということをお伝えしていきますが、
まず最初に、この商品のコンセプトを発案した宮本さんから
お話を訊かせてもらおうと思います。
いつもは最後に登場してもらうのですが、
今回は、まずどうしてこういう今までにない変わった商品を
作ろうと思ったのかを訊かないと始まりませんから、
トップバッターということで、よろしくお願いしますね。
宮本
はい、よろしくお願いします。
岩田
庭いじりの趣味が高じて『ピクミン』(※1)をつくったり、
犬を飼いはじめると『nintendogs』(※2)をつくったりと、
宮本さんは自分の趣味を次々にゲームにするという伝説を持っていますが、
今度はとうとう、体重を量るという趣味を商品にしてしまいましたね。
宮本
そうですね(笑)。
趣味と仕事は混同させないほうがいいとか、
知りすぎてることを商品にしないほうがいいと言われていて、
僕もそういう考えに賛同していました。
ところが、『nintendogs』や『Wii Fit』などはゲームとの相性がよく、
お客さんの目線に立って、ゲームづくりができたのがよかったですね。
※1
『ピクミン』=ゲームキューブ用ソフト。不思議な生命体「ピクミン」を引き連れながら隠されたお宝を探し出すAIアクションゲーム。2001年10月発売。
※2
『nintendogs』=2005年4月発売のニンテンドーDS用ソフト。お気に入りの子犬たちとの触れ合いを楽しむコミュニケーションソフト。
岩田
そこでまず、趣味の話からお訊きしたいのですが、
体重を量ることを趣味にしたキッカケは何だったのですか?
宮本
話しはじめるとけっこう長くなりますけど、いいですか?
岩田
どうぞ(笑)。
宮本
昔から、自分の体に関しては意識することが多かったんですが、
大学を卒業して、会社に入ると太ってしまったんですね。
とても忙しかったものですから、みんなと
「食べるくらいしか楽しみがないよね」なんてことを話しながら・・・。
岩田
仕事で夜更かしをして、さらに夜食を食べて(笑)。
宮本
そう(笑)。そんなことを繰り返していて、
しかも結婚すると、結婚太りになってしまって・・・。
さすがにこれはよくないなと思うようになって、
40歳を過ぎてから水泳をはじめたんです。
岩田
宮本さんが、水泳を始める前は
「腰が痛い」って、よく言っていたのを覚えています。
ところが、水泳をはじめると治ったんですよね。
宮本
治りましたね。お医者さんからは、
腰痛の原因は体がなまってるからだと言われていて、
それが水泳を始める一番の理由でもあったんです。
でも、水泳教室に通い始めると、体重がけっこう落ちて、
少し健康的になったなあと感じたんです。
「健康的になるのはおもしろい」と思いはじめたんです。
岩田
そこに最初の気づきがあるわけですね。
宮本
やっぱり体を動かすのは気持ちがいいですよね。
それに、無心で何かをやるのは精神的にいいなあと思うところもあって。
昔はよくパチンコをしてたんですけど、
水泳をやるようになってからやめたんです。
何も考えずに、しんどいしんどいと思いながら泳いでいることが、
パチンコのストレス解消に似た効果があって、
悩みのループから抜け出せるんです。
パチンコをやめるとタバコもやめられて、また健康的になって、
でも、僕はどちらかというと
真面目な人と思われるのがイヤなタイプで・・・。
もともとお酒を呑みませんし、酒を呑まない上に、タバコもやめて、
スポーツばかりしてるというのは、優等生みたいでしょ(笑)。
そんな生き方は性分に合わないなと思いながらも、
やっぱり、体は気持ちがいいわけです。
岩田
品行方正に生きたいわけでもないのに。
宮本
そうです。で、水泳ってうまくなると、
手を抜いて泳げるようになるんですね。
岩田
楽に長い距離を泳げるようになるそうですね。
宮本
そう。実質の運動量が減ってきて、また太りはじめたんです(笑)。
そこで、体重の増減に興味を持ちはじめて、いろいろ調べてみると、
「量るだけダイエット」(※3)というものがあることを知りました。
これはおもしろいと思って、家にあった旧式のアナログの体重計で、
記録はつけなかったんですけど、毎日量るようになったんです。
そんなことをやってるうちに、
ヨメさんから「もっといい体重計を買ったら」って言われて、
子どもと一緒に買い物に行ったときに、
100グラム単位で量れる体脂肪計つきの体重計を買ってくれました。
それをキッカケにグラフをつけるようになったんです。
※3
量るだけダイエット=毎日決まった時間に体重計に乗り、グラフ化することで、自分の体重の増減をチェックするダイエット法。
岩田
普通の人はグラフをつけようとは
なかなかしないと思うんですけど。
宮本
習慣になったことをルーティンワークのように
毎日続けることって、けっこう気持ちがいいんです。
風呂場にグラフの紙と体重計を置いて、ひと月ほど続けると、
風呂に入る前の儀式のようになってしまったんですね。
それをやらないと、もう落ち着かないくらい(笑)。
それで、ずっと続けることができました。
しかも、記録したグラフがどんどんたまっていくと、
妙に愛着がわいてくるんですね。
それは体重が増えてても減ってても愛着がわいてくるんです。
岩田
それはいつごろのことだったんですか?
宮本
そのへんの記憶はあいまいなんですけど、
量り始めたのはたぶん4年くらい前だったと思います。
『Wii Fit』の企画を立ち上げたときには、
すでに1年くらい、グラフをつけ続けていましたので・・・。
岩田
最初のころは、『Wii Fit』ではなく
『ヘルスパック』(※4)と呼んでましたよね。
その原型を思いついたときは、
どういうふうにすれば商品になると思っていたんですか?
※4
『ヘルスパック』=2007年7月に開かれたE3まで使われていた、『Wii Fit』の仮タイトル。
宮本
原型は何もありませんでした。
そこはホントにスタッフには迷惑をかけていて、
ただ、「体重を量る」という核しかなかったんです。
Wiiのコンセプトをまとめたとき、そのひとつに
「Wiiを中心に家族が集う」というのがあって、
家庭に1本あったらいいソフトは何かということで、
ラインナップの中に、『Wii Sports』(※5)があったり、
『はじめてのWiiパック』(※6)があって、
『ヘルスパック』もそのひとつだったんですけど・・・。
※5
『Wii Sports』=Wii本体と同時に発売されたスポーツゲーム。テニス、ベースボール、ボウリング、ゴルフ、ボクシングの5つのスポーツを収録。
※6
『はじめてのWiiパック』=Wiiリモコンの操作入門ソフト。2006年12月、Wiiと同時にWiiリモコンとセットで発売。
岩田
「体重を量る」という核はあって、
その先にどんな具体的なイメージがあったのですか?
宮本
そもそも自分の体重を量るときって、風呂場で裸になるもので、
人前で量るものではありませんよね。
でも、お茶の間で家族みんなが体重を量って、
毎日のデータをためていって、そのグラフを見ながら、
ちょっと太ってしまったお父さんをちゃかしたり、
ダイエットに成功したお母さんをほめたりするということが、
お茶の間の遊びとしてはおもしろいんじゃないかと思ったんです。
岩田
ちなみに手塚(卓志)さん(※7)は、
食事をするたびに、携帯で食事の写真を撮り続けていますよね。
あれって何年続いているんですか?
宮本
僕の体重の記録と同じころからやってるんじゃないかと思います。
※7
手塚卓志=情報開発本部制作部部長。『マリオ』『ヨッシー』『どうぶつの森』シリーズなどを宮本茂と共に手がける。
岩田
おもしろいコンビですよね〜(笑)。
方や、毎日体重を量ってグラフにして、
方や、毎日食べ物の写真を撮り続けていて・・・。
宮本
同じような話題からはじまってるんですよ。
撮っている食べ物の写真が
そのまま入力されるようになったら便利だよね、とか。
岩田
そういったエピソードもキッカケになってるんですね。
宮本
そうですね。たとえばDSを外に持って歩いて、
外食したデータを蓄積できるようにしようよ、とか。
そこで、Wiiの商品群のひとつとして、「健康」をテーマにして、
その先には「食べ物」というテーマもぶらさがっていますので、
食べたものをDSで簡単に入力できる仕組みをつくってほしいと
ディレクターに頼んだり、一方でプランナーには
体重を量る実験をはじめてもらいました。
ただ、自分は『Wii Sports』などが佳境に入っていったので、
頼んだあと、ほったらかしにしてあったんです。
たまに「どうするんですか?」って言われながら(笑)。
岩田
突然「体重を量れ」だの、「食べ物の記録をつけろ」だのと
お題をもらったスタッフのみなさんは途方に暮れたんじゃないですか?
宮本
そうだったと思います。
何をしたらいいかわからない状態だったでしょうし、
そのあたりは、次回以降に登場するスタッフに聞いてみてください。
僕はとにかく快適なインターフェイスでつくってほしいとか、
どうやったら便利になるとしか言わなかったですから。
岩田
まさに、禅問答の世界ですね。
ゲームの企画って、最初はいつもそうなんですけど。
宮本
たとえば、食べたごはんの量を入力するときに
「何グラム食べて」というやり方は絶対にダメ、とか。
ごはんのアイコンをタッチしたら、お茶碗の絵が3つ出てきて、
ざっとでいいから、どうやって入力を簡単にするかがポイントだと。
さらに、毎日体重を量る機械をつないでできることを何か考えてよと。
ただ、そのような指示だけだと、あまりに得体が知れないので、
本当に困ったでしょうね。
しかも担当者は、プランナー、プロデューサー、
プログラマーの3人だけでした。
ソフトの方向性がまったく決まらなかったので、
スタッフの数を増やしてあげることもできなかったんです。