4. 100年に1度のソフト

岩田

でも、そうやって手間を惜しまなかった効果は、
ソフトを触った実感としてすごくあります。
やっぱり本物の新聞の見出しが出るのはうれしいし、
ニュースを読みあげてくれるのもうれしいし。
日経さんが前例のないことをしてくださったからこそ、
現実と地続きにつながってる感じがします。

長尾

リアリティが増したと思いますね。

岩田

それにしても、滝沢さんには
ものすごいご負担をおかけしたんですね。

長尾

彼にはそういうやりとりプラス、
原稿の管理もすべて担当してもらいました。
新聞の記事の場合は、
元の原稿をチェックして直しを入れると
その場ですぐに修正されて
確認もできます。

岩田

新聞はスピードが命ですからね。

長尾

ええ。ところが今回は
元の原稿とそれに手を入れた原稿に加え、
日経TESTの監修チームがチェックして
その直しを反映した原稿、それをやさしく書き直した原稿、
さらにDSで実機確認をして読み進めやすくした原稿と、
いろんな段階の原稿が・・・。

岩田

たくさんのバージョンがあったと。

長尾

はい。それが500パックも混在したものですから、
どの原稿がどの段階にあるのかを把握するだけでも
大変な作業になってしまったんです。
その管理を全部、滝沢に任せたので、
神経の図太い男なんですけど、
最後は「胃が痛い・・・」と(笑)。
やはり500パックというのはかなりのボリュームでしたし、
ひとつのパックには平均で5問とか・・・。

岩田

2問から10問の間ですよね。

長尾

それが500パックですから、
それだけでも2800個以上の問題数になって、
さらに日経TESTのDS版を含めると、
3000近い問題数に膨れあがったんです。
つくっているときは順々につくっていくので、
労力はそれほど感じなかったんですけど、
やはり最後の段階で
ネタが古くなっていないか、
使った公表データが更新されてないか、
間違いがないか、一斉にチェックをするとなると・・・。

岩田

最後の一斉チェックに関しては
こちらから頼んでないのにやってくださったと
開発スタッフがすごく感謝してました。

長尾

もちろん、日経監修のソフトですから
当初から最後に見直しをすることは決めていたんですけど、
いざやってみると、それはもう、すごく大変で。
商品の付加価値を高めるという点で
とてもプラスになったとは思うんですけど、
チェックする側にとっては、
悪夢のように膨大なボリュームでした(笑)。

岩田

悪夢と言えば、開発の途中で
世界経済の様相が一変するようなことが起こりましたね。

児玉

2008年9月に起こったリーマン・ショック(※7)
あれは本当に悪夢でした。

※7

リーマン・ショック=2008年9月、アメリカの名門証券会社、リーマン・ブラザーズの経営破綻が引き金となり、世界的な金融不況が起きた衝撃のこと。

長尾

経済の基礎問題のほかにも
新聞でよく見るような言葉が出てこないと
「経済の教科書みたいになってしまう」ということで、
新しい情報をどんどん入れることにしたんです。
そう思った矢先にリーマン・ショックが起こりました。
で、実際、2008年の9月、10月くらいから
少しずつ新しい問題をつくっていったんですが、
つくってるそばからどんどん・・・。

岩田

様相が変わっていったんですね。

長尾

でも、経済状況が落ち着くのを待っていると
とても間に合わなくなってしまいますので、
「いまはこうなんだ」という問題をどんどんつくっていって、
最後の最後で見直しをすることにしたんです。
ところが結果的に・・・。

児玉

最後の見直しが
さらに大変になってしまったんです。

岩田

ただ、そのようなやり方以外、
鮮度がある問題はつくれないですよね。

長尾

ええ。
大きな変化が進行している最中に
問題をつくらなければならなかったのは
とても苦しいことではあったんですけど、
逆にラッキーだったとも思います。
いま起きてることをリアルタイムで
一生懸命反映してつくったからこそ、
サブプライム問題とか、エコカー減税とか、オバマ政権とか、
そういうライブ感のある言葉が出てくるので。

岩田

まさに旬のニュースですよね。

長尾

リーマン・ショックが起こって、一般の方々に
経済への関心が高まっていく状況が生まれましたし、
タイミングとして、
それこそ100年に1度のソフトの出し時だったのかなと。

坂村

お、うまい(笑)。

児玉

うまいうまい(笑)。

長尾

じゃあ、いまのところ、見出しで(笑)。

一同

(笑)

岩田

その他にも不安になったことや
つらかったことはありましたか?

児玉

不安といえば、やっぱりアレですね。
任天堂さん伝統の“ちゃぶ台返し”が、いつくるんだろうと。

一同

(笑)

坂村

一応出来上がったソフトを抜本的に見直して、
大幅に修正したり、要素を加えたりという
“ちゃぶ台返し”はどんなものかと興味がある一方で、
すごく恐れていたというのが正直な気持ちです。
それがゴールデンウィーク明けにやって来まして。

岩田

あ、やっぱり来たかと(笑)。

坂村

わたしは最初に申し上げました通り、
号令だけをかけていたらいいと思っていたのですが、
いきなり現場に引きずりこまれたといいますか、
勝手に入っていったといいますか、
全部の問題を見直す必要に迫られまして。
人手が足りなくなったんです。

児玉

さらに最後の最後の段階で、
これで納品して終わりです、という段階になっても
オススメコンテンツの・・・。

岩田

「今日のまるトク」(※8)ですね。

児玉

「今日のまるトク」の問題をつくってくださいと。
もう終わりだと思っていましたから
「うわあ、まだやるの」と(笑)。

※8

「今日のまるトク」=収録されている500のトピックの中から、おすすめの話題を3つずつ楽しむことができるモード。

岩田

任天堂は終盤に粘るクセがあります(笑)。

長尾

そこはわりと共通してますよね。
我々も、締切がピシッと決まっていて。

岩田

でも、新聞の場合、絶対的な締切ですよね。
そうじゃないと輪転機が回りませんから。

長尾

でも、輪転機が回る、もうダメだという
ギリギリの瞬間まで粘るんです。
ここは「が」がいいか、「は」がいいかと、
そういう細かいことも含めて。
とにかく最後の最後まで、
少しでもよくなるんだったらやろうよと。
そういう粘りの文化は本当に共通してるなと実感しました。

岩田

なるほど。

長尾

ただ、さっきおっしゃったように、
新聞の締切はビチッと絶対的に決まってますけど、
今回のプロジェクトの場合、締切がいつの間にか・・・。

児玉

延びちゃったんですよね、これが(笑)。

長尾

逃げ水のように(笑)。

一同

(笑)

長尾

マラソンを一生懸命に走ってきて
ようやくゴールだと最後の力を振り絞って、
テープを切ろうとした瞬間に
2キロ先にテープがスッと動くような・・・。

岩田

「オレのラストスパートを返せ!」みたいな?(笑)

長尾

はい(笑)。
だから、集中力を持続させるのが大変でした。
でもそのぶん、確実によくなってると思います。
ひと月長く走ることになって
正確性や面白さを含めて、
製品の完成度が着実に上がりましたから。
だからといって、もうひと月とか
先延ばしにしてやってると、キリがありませんけど(笑)。
ちょうどいいタイミングだったと思います。