2.  ニッコリ笑ってきびしいリクエスト

岩田

まさに坂村さんのおっしゃる通りなんですよ。
「ゲームなんか、なくても生きていける」というのは、
わたしたちが社内で、よく使っている言葉でもあります。
もちろん、ゲームの価値を卑下しているわけではなくて、
「娯楽の産業は、生活必需品、あるいは実用品の産業と
同じルールに当てはめて考えてはダメだ」ということを
常に意識し続けるために、
社内でこのことを口にするようにしているんです。

坂村

わたしも、いわゆる経済への関心や知識がなくても
生きていけるとは思います。
しかし、本人が意識するかしないかは別に、
間違いなく経済の枠組みの中に存在しているわけで、
「経済が、わたしたちにとって
ものすごく身近なことなんですよ」と、
そういったことをお伝えしたかったんです。
しかし、私の説明能力が低いせいか、
どうも言葉が刺さらなくて・・・。

岩田

いえ、そのときは「ああ、そうか」という
表情を見せなかったかもしれませんが
時間を置いて、彼らにも刺さったようです。
たとえば坂村さんはその時、
「経済というのはモノやお金のしくみなんです」と
おっしゃったそうですね。

坂村

ええ。

岩田

坂村さんが、そのように言われて初めて
遠くのところにある経済というのものが、
日々触れているものだということを実感できたようです。
ですから最終的なタイトルに
『モノやお金のしくみ』として名前が残ったんだと思います。
ですから「無謀な説得」とおっしゃいましたが・・・。

坂村

無謀じゃなかったんですね(笑)。

岩田

ええ(笑)。
さて、長尾さんと児玉さんにお訊きします。
このプロジェクトに巻き込まれることになったキッカケと、
初めて任天堂の面々と向き合ったときの
率直な第一印象をお訊きしたいのですが。

長尾

わたしがかかわるようになったとき、
すでにプロジェクトはある程度、進んでいました。
で、当時はマーケティング本部にいたんですが、
自分も含めて、その部署の何人かに
「サンプルの問題をつくれ」という宿題が与えられまして。
それでせっせと問題をつくっていたんですけど、
その時はまさかこのプロジェクトに
自分が入るとは思っていませんでした。

岩田

サンプルさえつくっていればいいと思っていたんですね。

長尾

はい。ところが、突然このプロジェクトに入れと言われ、
ついては「○月○日に、京都に出張しろ」と。
それで、何の下準備もせずに初めて任天堂さんに伺って、
高橋さんや次橋さんたちにお会いしたんです。
で、第一印象なんですが、
結論から言いますと、予想外に普通の人だったなあと。

岩田

普通の人?(笑)

長尾

最初にお会いする前は、
バリバリの開発の方が対応してくださるというので、
たぶん意思疎通ができないんじゃないかと・・・。
あ、いい意味ですよ(笑)。

岩田

芸術家みたいな人が出てくると思われたんですね(笑)。

長尾

わたしはロサンゼルスに駐在したことがありまして
ゲームイベントの“E3(※6)”を何度か覗いたんですが、
一般の人とはちょっと違うタイプの人もいたりして。
だから、すごく不安だったんですが、
実際にお会いしてみると、
ごく普通の女性であり、男性であり、
普通に会話ができたので、
「これなら何とかなるかな」と(笑)。

※6

E3=Electronic Entertainment Expo(エレクトロニック エンターテイメント エキスポ)の略。米国のロサンゼルスで開催されるコンピューターゲーム関連の見本市。

岩田

(笑)

長尾

というより、この方たちとだったら、
楽しく仕事ができそうだなと思いました。
もちろんその後は、
いろんなリクエストを突きつけられて
「うっ」と声が出なくなるということが
何度もありましたけど(笑)。

岩田

楽しいことばかりじゃないですからね(笑)。

長尾

ニッコリ笑いながら、
けっこうキビシイことを言われました。

岩田

愛想は悪くないんですけど、
キツイことをハッキリ言うんですよね。

長尾

何の躊躇もなく、さらりとおっしゃるし。

岩田

すみません、ご迷惑をおかけして。

長尾

いえいえ(笑)。
ひじょうに刺激になりました。

岩田

児玉さんはいかがでしたか?

児玉

わたしは長尾とは違って、
このソフトをつくるという話を聞いて、
自分から手を挙げて参加したんです。

岩田

それはありがたいです。

児玉

というのも、もともと
こういうものをつくりたいと思っていたからなんです。
わたしはずっと金融機関の営業担当をしていたんですけど、
どの金融機関におじゃましても、
「経済をもっとわかりやすく伝えたい」という話が、
常に出るんです。でも、誰も方法論を持っていなくて。

岩田

もともと経済の面白さを
みんなにわかってほしいと思ってきたのに
どうやっていいか、わからなかったんですね。

児玉

そうなんです。
そんなところに今回のプロジェクトの話が飛び込んできたので、
すぐに「ハイ!」と手を挙げたんです。
だから、最初からこの仕事にかかわることに
すごく期待をしていました。
そこで、任天堂の方々にお会いすることになったんですけど
みなさん、経済のことは素人だという話をお聞きして・・・。

岩田

そこはあえて、素人のチームにしたんです。
経済のことがわかっている
社内の経理部門や財務部門の専門スタッフを
開発チームに混ぜることもできたんですが、
チームを編成するうえで、
そういうことはしないと最初に決めました。
というのも、日経さんというプロ中のプロがおられるのに
そんなことをする必要はないだろうと。
むしろ、そういうことがよく分かっていない人の目線で
取り組む役割が任天堂に求められていると思いましたから。
でも、にわか勉強くらいは
していたんじゃないかと思うんですけど(笑)。

児玉

いえ、“にわか”どころか、“かなり”でした(笑)。
わたしが初めてお会いしたときは
日経新聞をお読みになりはじめた頃だったと思うんですけど、
かなり細かいところまで読み込んでおられました。
しかもわたしたちよりも本当に細かく(笑)。

岩田

ただ、経済という同じテーマで仕事をするとは言っても
企業文化の異なる会社どうしの関わりになりますし、
「それってどういうこと?」ということもあったんではないですか。

児玉

たとえば「対米赤字」といった表現は
わたしたちは平気で使うんです。
ところが「やめてください、四文字熟語は」と。
「えーっ、なんで?」と聞くと
「“対米赤字”と書かれてもすぐには理解できませんから」と
さらりと言われてしまうんです。

岩田

「削減」ではなく
「減らす」と書いてほしいとも言ったようですね。

長尾

はい。
「定款(ていかん)」も
「誰も読めないからふりがなをふってください」とか。

児玉

「些細なことのようでも、こういうことで先に進めなくて
“ダメなゲーム”という烙印を押されたらそれでアウトなんです」と、
何度も脅されながら(笑)。

岩田

脅しましたか(笑)。

児玉

「脅された」ではなく、
「指摘された」ですね(笑)。

長尾

まとまった量の問題を提出したあとで打ち合わせに伺うと、
「この前の問題のフィードバックをお伝えします」と
最初に言われるんです。
女性からやさしく言われると、
普通だったらワクワクするところなんですけど。

岩田

ワクワクしないんですね(笑)。

長尾

今度はどんなキビシイことを言われるのかなと(笑)。

児玉

いろんなことを指摘されて直すようなことをしましたけど、
本当に目からウロコでした。
わたしたちが普通のように使っている言葉が
実はぜんぜん普通じゃないと気づかされましたし、
自分たちでは気がつかなかったことが見えるようになって、
すごく面白かったです。