岩田
赤井さんが「無理です」と言ったのは
どういう理由からなんですか?
赤井
数個の単位ではつくれるとは思ったんです。
でも、それを量産するということになると・・・。
岩田
そもそもDSシリーズは、
年末商戦前のピーク時には、シリーズを全部合わせると、
月に数百万台つくったこともありましたから、
それを実現するためには、
製造上の制約があったりするんですよね。
赤井
はい。製造は中国の複数の工場にお願いしているのですが、
特殊な加工を施そうとすれば、
技術的に対応できる工場が限られてしまいますので、
月に100万単位の量産が不可能になってしまうんです。
岩田
そこは任天堂のIDの人たちにとっては、
いつも大きなハンデを背負ってる部分でもあるんですよね。
赤井
そうですね。
多品種少量生産をするような、たとえば携帯電話では
奇抜なデザインを取り入れることも可能だと思うんですけど、
任天堂の商品では量産が可能か、ということが
第一に優先されますから・・・。
岩田
で、デザインが決まり、
機構設計チームにバトンが渡ることになるわけですけど、
そのとき後藤さんはどんなことを感じましたか?
後藤
「うわあ、いちばんイヤなやつが来た」と感じました。
岩田
3案のうち、設計がいちばん難しいものに
決まってしまったということなんですね(笑)。
後藤
はい(キッパリ)。
一同
(笑)
輿石
先ほど江原さんが
「つくれるかどうかわかりませんが」と言ってましたけど、
それは僕らも同じだったんです。
で、宇治工場に説明する機会があったんですが、
「こういうものを」というのを、絵に描いて説明はできるんですけど、
「ところでどうやったらできるの、これ?」という感じでした。
赤井
わたしは、輿石さんからその説明を聞いたときに
「どうやってつくるんですか?」と尋ねたんです。
そしたら・・・。
輿石
「検討中です」と(笑)。
岩田
自分たちではつくり方がわかっていないのに、
「検討中です」と答えたんですね(笑)。
赤井さんが開発に移ってきたのはいつでしたっけ?
赤井
2010年の1月です。
岩田
じゃあ、いよいよ開発が本格化した頃に、
「開発に行ってくれ」ということになったわけですか。
赤井
そうですね。「無理です」と言った現場に
自分が突入していったような感じでした。
岩田
「無理です」と言ってる場合ではなくなったんですね(笑)。
赤井
はい・・・だから・・・焦りました(笑)。
岩田
最初は何が壁に見えましたか?
赤井
まず上ぶたをどうするかと。
独特の質感を出したり、逆テーパー形状を実現するために、
かなり試行錯誤しました。
最終的には、特殊な加工方法や構造をたくさん検討して、
なんとか量産のメドがたってきたのですが、
今度は、落下させるとかんたんに壊れてしまうのではないかと、
品質面での懸念が出てきたんです。
岩田
「開けやすく」ということで設計した逆テーパーは、
ものが当たったときに一部分に力がかかりやすくなるので、
落下衝撃に対する耐久性という点では、
実は不利な面を持っていたんですね。
赤井
そうなんです。
江原
ですから「形状がちょっと変わるかも」と思っていたんです。
岩田
2回目のプレゼンをしたときに、
江原さんはそのような話をしてましたよね。
江原
はい。
赤井
でも、僕たちとしては、
デザインはやっぱり変えたくないと思いましたので、
強度を上げるために、なんとかいい樹脂を探そうと。
岩田
もっと強い材料を探さないと、
このデザインができないと直感的に思ったんですね。
赤井
はい。開発技術部に異動して、
最初にはじめた仕事は素材探しでした。
岩田
探した結果、どのような材料を使うことになったんですか?
赤井
任天堂の製品としてはいままで使ったことのない素材で、
高剛性ナイロンという、素材のなかに
ガラス繊維が入っているものなんです。
そのぶん、通常の樹脂と比べて割れにくいのですが、
量産性が劣ってしまうんです。
岩田
成型するのがとても難しそうな印象ですね。
赤井
はい。金型(※7)のなかに樹脂を流し込んで成型するのですが、
ガラス繊維が入っているために硬くて、
成型を繰り返しているうちに金型がすぐに摩耗してしまい、
量産設備の寿命が短くなってしまうという懸念がありました。
岩田
そのようなことは、実際につくってみないと、
なかなか評価することもできないですよね?
赤井
そうなんです。
これまでは、まず試作用の金型をおこして、
それを使って検証を行ってきたんですけど、
それを待っていたのでは
スケジュール的に間に合わないと思いましたので、
過去の機種の金型で余っているものを使って検証を行いました。
岩田
ああ、なるほど。
いまはあまり製造されていない製品の金型を使って、
試してみることにしたんですね。
赤井
そうです。
岩田
どのくらいの種類を試すものなんですか?
赤井
いろんな素材を試してみまして、
高剛性ナイロンという樹脂だけでなく
ほかの樹脂も含めると、10種類を超える樹脂を使って試作しました。
なので、自分の周りはサンプルだらけになって、
置き場がなくなってしまうほどでした。
岩田
で、それぞれの素材でつくっては、
強さや量産性を確認していくということの繰り返しを
その当時はしていたんですね。
赤井
はい。その結果、すごくいい樹脂が見つかったんですけど、
ありとあらゆるもののなかでいちばんいい素材を選んでも、
落としたら壊れるということがわかりました。
岩田
いちばん強い樹脂でもまだ壊れたんですか?
赤井
はい。そこで、機構設計のチームに相談して、
内部の肉厚を変えてもらったり、
補強するための形状変更を検討してもらったりするなどの
対策を進めていきました。
岩田
そういう材料側からのアプローチがあったわけですけど、
機構側からのアプローチではどんなことが大変でしたか?
輿石
いろいろありますが、いちばん大変だったのは
本体のヒンジ部(※8)の補強でした。
後藤
そう、まずそこでしたね。
岩田
つねに開けたり閉じたりするヒンジの部分は、
どうしても力がかかって、しかも角にあるために
落としたときに当たることが多くて壊れやすいので、
そこの強度をどうするかというのが課題なんですよね。
輿石
そうです。それに、いったん問題をクリアしても、
ほかの部分の設計や条件に変更があると、
また新たな問題が発生して・・・。
岩田
全体の、ちょっとした部分が変わるだけで
別のところに影響が出てしまって、
もう1回やり直しみたいなことになるんですね。
輿石
はい。なのでクリアして、
また問題が発生して、という繰り返しでした。
岩田
ヒンジの強度問題を解決するためには
どれくらいの期間、闘っていたんですか?
赤井
かなり長い間、闘っていましたよね。
輿石
着手したのが2010年の2月の終わりで、
だいたいメドがついたのが8月の終わりだったような・・・。
岩田
半年間、ヒンジと格闘していたんですね。
輿石
はい。最後の最後まで数多くの関係者で検証を続けていました。