1. 「いつか、ルーヴルや」
岩田
今日は宮本さんから、
『ニンテンドー3DSガイド ルーヴル美術館』に
ついての話をお訊きします。
このインタビューが公開される頃には、
パリのルーヴル美術館(※1)で
撮影されたニンテンドーダイレクト が
公開されていると思いますが、
わたしはいまだに不思議に感じているんです。
というのも、その昔宮本さんが
ニンテンドー3DS登場前のDS時代から推し進めてきた
“DSのパブリックスペース利用”構想(※2)が、
あろうことか世界一の美術館で
実現していく様子を、間近で見られたからです。
やっぱりその時の構想と
今回のルーヴル美術館さんとの取り組みは、
宮本さんの中で絶対つながっているはずなので、
今日はそこから話していただけますか。
宮本
はい。まず自分としても、
「本当に幸運やなぁ」と思っています。
もともと美術館に行くことは
自分の趣味でしたから。
岩田
『ピクミン』(※3)や『nintendogs』(※4)、
そして『Wii Fit』(※5)の時と同じように、
宮本さんの趣味が
またひとつ仕事になったわけですよね。
宮本
「まさかこれは仕事にならへんやろな」と
思っていた部類の趣味なんですけどね。
「次はどんな趣味があるの?」って
聞かれますよね、きっと。
岩田
いや、わたしも
宮本さんが海外に広報活動などに行くときは
「時間をつくって、美術館にも寄ってきてくださいね」
と言ってはいましたけれど、
まさかここまで直接的な
仕事になるとは思わなかったです(笑)。
宮本
そうですよね。でも
“DSのパブリックスペース利用”構想自体、
もとをたどると美術館の音声ガイドから
思うところがあって、提案したことでした。
岩田
ここでいう音声ガイドとは、
美術館や博物館で貸し出しされ、
作品の解説が音声で聞ける機器のことですね。
宮本
はい。僕は美術館に行ったとき、
いつも音声ガイドを借りて展示を見るんです。
すると自分ではみつけられない
気づきや発見があるので、
より密度が高く楽しめるわけです。
岩田
知識なしで作品を見るのと
音声ガイドを借りて見るのとでは、
時間密度が変わりますよね。
宮本
ぜんぜんちがいますね。
でも当時の一般的な音声ガイドというのは、
ポータブルCDプレーヤーとかを使っていて、
絵の横にある番号とプレーヤーの同じ番号を押すと、
その絵の解説が流れるというもので、
正直使い勝手はあまりよくないものでした。
岩田
まあ、世の中にスマートデバイス(※6)と
呼ばれるものがまだなかった時代ですからね。
宮本
そういうものがない時代でしたね。
それで当時ニンテンドーDSができた頃に、
「DSで音声ガイドをつくったほうが、ずっと便利!」と、
考えたのが、そもそものキッカケでした。
岩田
時を同じくして、学校や病院などの公共施設から、
「DSを使えないか」という声が
任天堂に寄せられはじめていた頃ですね。
宮本
それで、そういったことを
「具体的にしたい」と考えていたときに、
偶然オリエンタルランドさん(※7)とご縁がありまして。
いろいろお話を進めていく中で、
舞浜の東京ディズニーリゾート内にある
イクスピアリ(※8)という大型商業施設で、
テストを兼ねたサービスを共同でさせていただいたんです。
岩田
『イクスピアリ・ニンテンドーDSガイド』(※9)ですね。
宮本
はい。イクスピアリという商業施設は、
もともと冒険感覚でお店探しを楽しめるのが
ひとつのコンセプトだったそうで、
施設の構造もちょっと複雑だったんですね。
岩田
わたしも地図を見せてもらいましたが、
たしかにゲームのダンジョンのようです(笑)。
宮本
ですから、お店のガイドのほかに、
自動マッピングシステムを付けました。
イクスピアリの中のあちこちに
ソフトをダウンロードするためのDSや
無線LANのアクセスポイントを設置して、
自分の現在位置がリアルタイムでわかるように。
岩田
個々のDSや無線LANから出る
ビーコン(※10)の電波強度を測定することで
自分のおおよその位置が推定できる仕組みを使ったんですね。
宮本
はい。その時のイクスピアリでの
サービスは1年弱ほどで終わりましたが、
その後も海遊館さん(※11)や新江ノ島水族館さん(※12)、
京都の精華大学さん(※13)、文化博物館さん(※14)などで、
ガイド的なサービスにDSを使っていただきました。
岩田
その取り組みは、のちに
ダウンロード専用ソフトとして発売する
『じぶんでつくる ニンテンドーDS ガイド』(※15)の
原型となっていますよね。
宮本
はい、そんな流れでした。この仕組み自体は
必ずしも大きな商業施設に限ったものでなく、
学校の文化祭やバザーなど小規模なもので
誰でも簡単に利用できる仕組みなんです。
出展者がそのソフトであらかじめデータをつくっておけば、
そこに来たお客さんが自分のDSで
作品や商品の解説を見ることができる仕組みを
提供するものなんですね。
パソコンのサーバーを使わずに
DSだけでサービスできるんです。
あれは簡単に使えるし、いまでもおもしろいです。
岩田
つまり言い換えると、
「ガイドのツールをつくって配るプロジェクト」
でもあったわけですね。
宮本
そうですね。それでじつはその頃から、
大きな野望として「いつか、ルーヴルや」って
言ってたんですよ。
岩田
言っていましたよね。妄想のように(笑)。
宮本
「ルーヴル美術館で使われたら、
きっとみんなあとに続くはずだ」と(笑)。
ただその時の取り組み自体は、
あまりいい結果として実らなかったんですね。
「さてここからどうしようか」という時に、
ひょんなことから
ルーヴル美術館の話が出てきたんです。
岩田
ルーヴル美術館の話は、現在は役員を退任された
波多野(信治)(※16)さんからの紹介だったんですよね。
宮本
はい。じつは最初から、
「音声ガイドをつくってほしい」という
話ではなかったんですが
僕には大きな野望がありましたから(笑)。すぐに
「音声ガイドを任天堂にやらせてもらえないか」
という相談をさせてもらったんです。
岩田
はい(笑)。
宮本
そうしたところ、ルーヴル美術館さん側からは、
「いくつかクリアしなければいけない点はあるが、
新しいシステムでできるなら、ぜひ検討したい」
というお返事をいただいたんですね。
岩田
そこで提案したニンテンドー3DSを使った
任天堂の新しいアイデアに、
先方の担当の方がとても興味をもって
対応してくださったんですよね。
宮本
そうですね。当時の館長のロワレットさん(※17)は、
マルチメディアの推進派の方で、
それで「やりましょう」ということになり、
本格的に調査に行くことになりました。