岩田
任天堂のパートナー会社であるレトロスタジオは、
もともと、いろんな可能性をもっている開発会社です。
2000年に宮本さんが、同社の開発パワーを
『メトロイドプライム』に集中させようと決め、
今回のような三部作の流れができていきました。
その流れを決めるとき、宮本さんと話したことは、
「西洋には西洋のいいところ、東洋には東洋のいいところがあって、
双方のいいとこどりのゲームができるといいですね」ということでした。
でも、具体的に「西洋と東洋のいいところって何?」となったとき、
それをハッキリ説明できる言葉が最初からあったわけではありません。
何年にもわたり、テキサスへの出張を繰り返してきた田邊さんは、
それはどんなことだと思いますか?
田邊
まず、西洋のいいところを言うと、
とにかくビジュアルに対してのこだわりが、
とても強いことだと思います。
リアル指向であることも、その理由のひとつかもしれませんが、
たとえば、単に「ドアが開く」といった
機能的なシーンであっても、
それを本当にかっこよく見せるアイデアとセンスは
ちょっとマネできないところがあります。
田端
だから、彼らと一緒に仕事をしていると、
ハリウッド映画がなぜあんなにかっこいいのか、
わかるような気がします。
それに、グラフィック面だけでなく、
エンジニアの方々もとても優秀なんです。
物理計算がすごくしっかりしていて、
サムスがモーフボール(まん丸状態)になったときや、
弾を撃ったら、どこに反射するというようなことでも、
とても自然な動きにしてくれるんです。
田邊
一方、東洋のいいところは、
すごく緻密なところでしょうね。
例えば、出来事の時系列をつじつまを合わせてつくりこむのは、
どちらかと言えば日本人のほうが得意だと思います。
だから、僕らはちゃんと年表を作って、
それに沿ってメッセージを書き換えるようにお願いしたりしました。
あと、任天堂のこだわりでもある話をしましょうか。
第1作目をつくったときの話なのですが、
もともと『メトロイドプライム』はFPS系のゲームですので、
プレイヤーの姿が画面に映りません。
だからこそ、サムスの姿を客観的に見せる必要性に
僕らはこだわりました。
たとえば、モーフボールに変身するとき、
カメラを後ろに引いて、
全身のアニメーションを見せるようにとお願いしたんです。
技術的には苦労があったんですが、
彼らはそれを見事に実現してくれました。
でも、操作によっては、
そのアニメーションをスキップできるようにしてあったんです。
それは、より効率的にゲームをするために、
余分な時間を少しでも削るという発想だったと思うんですが
「それじゃあ、肝心の目的が達成できてないじゃない」ってことで、
スキップできないようにしてもらったんです。
田端
わたし自身、このシリーズに関わりながら、
ゲームのつくり方を学んできました。
その中で、とても大事だと思ったことは、
お客さんの気持ちの動きをイメージしながら、
ゲームをつくっていくということでした。
そこで、レトロスタジオの人たちと打ち合わせするときも、
ただかっこいいものをつくるだけでなく、
この場面ではプレイヤーがどんなことを思うのか、
作り手としては何を感じてほしいのか、
ということを意識することの重要性を
伝えるようにしていました。
岩田
英語でゲームのことを伝えるのは、
とても苦労したんじゃないですか?
田端
大学での専攻が中国語で、
しばらく英語から離れていたこともあって、
最初のころは本当に苦労させられました。
実践の場で、とにかく慣れるしかないと・・・
田邊
おかげで、使える単語は極端に偏ってますけどね。
「invulnerable(無敵)」とか(笑)。
田端
本当にそうなんです。
だからレストランに入っても困るんです。
仕事で英語をずっと使ってきたのに、
「fire(撃つ)」とか、物騒な単語しかすぐに出てこなくて(笑)。
一同
(笑)
岩田
ゲームの世界には、独特の用語があって、
それを覚えるのも大変ですけど、
「こんな感じだけど」という、
ゲームの微妙なニュアンスを伝えるのは、
どうしていたんですか?
田邊
そんなときは、体で伝えるようにしていました。
たとえば、キャラクターの動きを説明するときは、
イスからすくっと立ち上がって、
動きはこんな感じで、というふうに
体で表現したほうが早いんです。
それに、ホワイトボードもすごく活用しましたね。
言葉で伝えるよりも、絵に描いたほうが理解されやすいですから。
もちろん、通訳の方もいらっしゃるんですが、
こちらが感情や抑揚をこめて
「これがグ〜〜〜ンと上がっていくでしょう」
と演技しても、通訳の方によっては
「この場面では、この物体が上のほうに移動していきます」
みたいに訳されちゃったりすると伝わらないので、難しかったですね。
岩田
擬音って、向こうではあまり使われないですから
通訳する方も大変だったでしょうね。
田端
英語でどう言ったらいいのかわからないときは、
仕方がないので気持ちをこめて、
「グググーッ」って、日本語で言っちゃったのですが、
理解してくれたみたいです。
ニコッと笑いながら、「わかったよ」って言ってくれましたし。
でも、メールなどの文章でやりとりするときは、
そうは行きませんでしたけどね。
「GuGuGuー!」って書いても、
「意味がわかりません」って返事がきちゃうので(笑)。
岩田
たしか、テキサスへの出張がはじまったのは、
『メトロイドプライム2』(※7)のころからでしたよね?
※7
『メトロイドプライム2』=ゲームキューブ用ソフトとして、2005年5月に発売。正式タイトルは『メトロイドプライム2 ダークエコーズ』。
田邊
『メトロイドプライム2』のときは、
開発現場からちょっと抜けた時期があって、
締切の3ヵ月くらい前になって、
開発状況をうちのスタッフに聞いてみたんです。
すると、「30パーセントくらいです」という返事が返ってきて、
もう真っ青になりました(苦笑)。
「その年のクリスマス商戦に絶対に出すから、発売は延ばせない」と、
会社からは言われていましたので、
これはもう、テキサスの現場に籠もるしかないと(笑)。
岩田
それにしても、締切の3ヵ月前だと言うのに、
開発度が30パーセントというのは、本来あり得ないことですよね。
田邊
でも、レトロスタジオの人たちにとっては
かなり出来上がっている感覚だったんだと思います。
岩田
わたしは、西洋と東洋の大きな違いのひとつが、
そこにあるような気がしていています。
西洋の人たちがつくるゲームは、
とても魅力的なグラフィックだとか、
大胆でハデな構造であるとか、
緻密で高度なプログラムが組まれている一方で、
「ここを磨いたら、もっとよくなるのに」と思えるようなところが、
意外とそのままにしてあったりするんですよね。
これは、ゲームのつくりかたそのものの文化的な違いが
影響しているように思えるんですね。
田邊
西洋の方って、最初にキッチリした設計図を書きますよね。
それを元に、その通りにつくる文化があると思います。
しかも、いろんなスタッフが分業して、効率よく開発しますし。
でも任天堂は、ある程度ゲームが動いて、
実際に触れるようになってからが
開発の本番だと考える文化の会社ですので、
そこが大きく違うところだと思いますね。
岩田
最初の設計図通りにつくることがゲームづくりと考えているのですから、
開発の最後の最後の段階になって、突然
「ここを直して」と言われても、
納得できないことも多いのでしょうね。
でも、「西洋的なつくりかた」と「東洋的なつくりかた」は
単純にどちらが優れているというものではないですよね。
そもそも、『メトロイドプライム』という商品は、
日本では絶対につくれませんし、
西洋の開発会社だけでつくったとしても、
このような味は出なかったんでしょうね。
テレビ電話で打ち合わせができる時代ですが、
東洋の味付けをするためには、
テキサス出張を繰り返す必要があったんでしょうね。
ちなみに、京都からテキサス州オースティンのレトロスタジオまで、
どのくらいの時間がかかったのですか?
田邊
オースティンには日本からの直行便がありませんから、
ドアトゥードアなら、およそ25、6時間でしょうか?
岩田
丸1日以上かかるんですね。それは本当にお疲れ様でした。