1. 直感的な操作でプレイ

岩田

『メトロイドプライム3 コラプション』が
「社長が訊く」で取り上げられるということを、
おそらく誰も予想されていなかったんじゃないかと思います。
どうしてもやりたいと、わたしが提案して、
インタビューを行うことになりました。
その理由は後ほど触れることにして、
まず、開発を担当したお2人に自己紹介をお願いします。

田邊

企画開発本部第3プロダクション・グループマネージャーの田邊です。
今作ではプロデューサーを担当しました。
わたしはもともと、情報開発本部に所属していて、
宮本(茂)さんと、ディスクシステム(※1)のソフトを皮切りに、
スーパーファミコンの『ゼルダの伝説』(※2)などに関わってきました。
その後、社外のデベロッパー(開発会社)の担当になり、
最初に手がけたのが、HAL研究所の『カービィボウル』(※3)で、
そのとき初めて、岩田さんと一緒に仕事をさせていただきました。

岩田

『カービィボウル』が出たのは1994年ですから、
田邊さんとのおつきあいも本当に長くなりましたね。

※1

ディスクシステム=1986年2月に発売されたファミコンの周辺機器。正式名称は「ファミリーコンピュータ ディスクシステム」。

※2

『ゼルダの伝説』=シリーズ3作目にあたる、アクションアドベンチャー『ゼルダの伝説 神々のトライフォース』。1991年11月発売。

※3

『カービィボウル』=スーパーファミコン用ソフトとして、1994年9月に発売されたアクションゲーム。

田邊

もう15年くらいになりますね。
その後、ニンテンドウ64のころから、
いくつかの海外のソフトにも関わることになり、
『メトロイドプライム』シリーズを開発している
レトロスタジオを担当することになったのは、2001年からです。
で、2004年頃から、レトロスタジオの本社がある
テキサス州のオースティンと京都を往復する毎日がはじまりました。

岩田

その結果、田邊さんは任天堂の中でいちばん、
テキサス州のことを知っている人になったんですね。

田邊

いえいえ、実はテキサス州のことはあまり知らないんです。
というのも、ホテルとレトロスタジオを往復するだけの毎日ですので。
しかも、仕事が終われば、さっさと日本に帰ってきますし。

岩田

なるほど。
HAL研究所時代の私が、頻繁に京都に来ていたのに、
JR京都駅と任天堂本社とホテルだけしか知らないままで、
全然京都に詳しくなかったのと、本質的には同じですね(笑)。
では、田端さん。

田端

企画開発部第3プロダクションで、
今作のアシスタントプロデューサーをやっている田端です。
田邊さんが、レトロスタジオと初めて会った2001年に
任天堂に入社して、すぐに田邊さんのグループに配属されました。
最初に「これを担当して」と言われた本格的なプロジェクトが、
2003年に発売された『メトロイドプライム』(※4)で、
それからシリーズ3作に関わるようになって、
いまに至っています。

※4

『メトロイドプライム』=3D化された『メトロイドプライム』シリーズの第1作目。2003年2月にゲームキューブ用ソフトとして発売。

岩田

田端さんは、入社して7年もの間、
ずっと「メトロイド漬け」になっていたんですね。
さて、今回、「社長が訊く」で紹介したいと考えた
ひとつの理由でもあるのですが、
わたしにとって、とても印象的だったことがあるんです。
それは以前、田邊さんと一緒に社長室に
打ち合わせにきた田端さんが
開発途上の『メトロイドプライム3』を
遊んで見せてくれた事がありましたよね。

田端

はい。

岩田

その時、わたしは田端さんがデモプレイする姿を見て、
とても驚いたんです。
Wiiリモコンとヌンチャクを操って、
敵をどんどん倒していく姿が
すごく華麗に見えたんです。

田邊

まあ、田端さんは、社長の前でも
ぜんぜん緊張しませんもんね。
それに、これまでのコントローラで操作するより、
かっこよく見えるところがありますし。

岩田

もちろん、そういう要素はあると思います。
でも、「ゲーム人口拡大」を標榜してきたわたしが、
こういうステレオタイプな見方をしてはいけないと
頭ではわかっているのですが、
田端さんのような女性が、
FPS(ファーストパーソン・シューティング)(※5)タイプのゲームを
華麗にプレイするのを、これまでわたしは見たことがありませんでした。
Wiiリモコンとヌンチャクが開発されたとき、
「FPSがより直感的に操作できるようになる」ということは
さんざん議論されていたはずなんですが、
田端さんが目の前で見せてくれたデモプレイは、
改めて、Wiiリモコンとヌンチャクの可能性を強烈に感じさせられる
わたしにとって衝撃的な映像だったんです。
そこでどうしても、そのことをアピールしたくなって、
2006年のE3(※6)のステージでは、
若い女性にステージで『メトロイドプライム3』をプレイしてもらったんです。
あれは、田端さんがデモプレイをするのを見たことがきっかけで、
こういうことをしませんかと
NOA(任天堂アメリカ)に提案して実現したことなんです。

田端

そうだったんですか(笑)。

※5

FPS(ファーストパーソン・シューティング)=1人称視点のシューティングゲームのこと。

※6

E3=2006年5月にアメリカのロサンゼルスで開催された、ゲーム展示会のこと。

田邊

わたしは、FPSタイプのゲームが、
とくにアメリカでは人気が高い一方で、
日本ではさほど広がっていなくて、
とっつきが悪いと思われているジャンルだと思うんです。
でも、今作は、Wiiリモコンとヌンチャクを使うことで、
かなり直感的に遊べるようになりますので・・・。

岩田

『メトロイドプライム3』は、
「ゲーム人口拡大」ということを意識して
つくりはじめたタイトルではないんですけど、
大きな視点で見たときに、
これも「ゲーム人口拡大」の一要素になりえると思いました。
ゲームをしていなかった人達や
ゲームを止めてしまっていた人達を巻き込むことだけが
「ゲーム人口拡大」として語られがちなのですが、
『食わず嫌い』のままになっているジャンルのゲームの面白さを
より多くの人達に理解して受け入れてもらうことも、
「ゲーム人口拡大」の重要な要素だと、わたしは思っているんです。
そのシンボルとして、田端さんのような女性が
『メトロイドプライム』という一見難しく見えてしまうゲームを
華麗に操作する姿が、強く印象に残っていたんです。
まあ、田端さんからすると、
仕事の一環としてデモプレイをやっただけのことで、
勝手に社長が舞い上がっているだけの話かもしれませんけど。

田端

あのとき岩田さんに、
「すごくうまくプレイしますね」と言ってもらえましたが、
自分としては、うまくプレイしようと意識したわけではなかったんです。
もちろん、自分が開発に関わっているタイトルですから、
ほかの人よりはうまいほうだとは思います。
でも、意識しなくても本当に快適に遊べるんです。

岩田

それは、『メトロイドプライム2』までの
ひとつのコントローラを使って操作するよりも、
2つのコントローラ、つまりWiiリモコンと
ヌンチャクのほうが直感的に遊べる
ということでしょうか?

田端

そこはもう断然違います。

岩田

その直感的な操作性について、
簡単に説明してもらえますか?

田端

銃の狙いをつけるのがポインターで、
撃ちたい方向にWiiリモコンを向けて、
Aボタンを押すだけで敵をやっつけることができます。
しかも、リモコンを向けた方向に
カメラが自然に向くようになっていますので、
撃ちたいものが自然に視界に入ってくるようになっています。
ですから、カメラの存在は基本的にはあまり考えなくてもいいんです。
その状態で、歩きたければヌンチャクのスティックを動かすだけですから、
自分の狙いたいものを、自分の目で見るのと同じような感覚で
操作することができます。
→田端による紹介&実践プレイ映像

田邊

しかも、移動と狙って撃つ操作が同時にできますので、
Wiiリモコンとヌンチャクに慣れると、
もとのコントローラには戻れなくなっちゃうようなところもあります。

岩田

ところで、つかぬことを訊きますが、
田端さんは任天堂に入る前に、
どのくらいゲームで遊んでいたんですか?

田端

そこそこ遊んでいたという感じです。
小学6年のときに買ったのがファミコンで、
世間ではスーパーファミコンが流行っているときに、
2歳年下の弟と『スーパーマリオブラザーズ』とかで遊んでいました。
高校に入ると、まったくゲームをやらなくなったのですが、
大学生のときに、たまたま入ったゲームショップで
ゲームボーイカラーと『マリオのピクロス』を買って、
それをヒマなときに、1人でちまちまと遊んでいた程度です。
だから、もともとどっぷりとゲームをするような
タイプではありませんでした。

岩田

確か田端さんは、事務系で入社しているので、
開発セクションに配属されて
ビックリしたんじゃありませんでしたっけ?

田端

ビックリしました。
大学では中国語が専門だったんです。
もともと文系でしたから、任天堂に入っても、
100パーセント、事務関係の仕事に就くものと信じていました。
ところが、配属先の発表で、
「田端さんは情報開発本部」って言われて、
「どんな部署なの?」って
すごく大あわてした覚えがあります。
というのも、事務の仕事をやるとばかり思っていましたので、
入社早々のガイダンスで
開発セクションの説明はほとんど聞いていなかったんです(笑)。

岩田

もともとゲームにどっぷりハマるタイプでもなく、
ゲームをつくりたくて任天堂に入ったわけでもない田端さんが、
よりによって『メトロイドプライム』と出会い、
しかも、入社してから7年もの間、
このソフト一筋に関わり続けてきた、というのは
不思議な縁ですし、人生って、本当におもしろいですね。