韓
わたしは今回、
任天堂さんといっしょにお仕事をするなかで
ひとつ感じたことがありまして、
Googleのエンジニアは優秀だとほめていただくことが多いのですが、
エンターテインメントの発想に関しては
実は不得意だったりするんです。
岩田
そこはやっぱり、アプローチの方法が
日常から異なるからなんでしょうね。
Googleのエンジニアの方たちは
実用的にいつも人の役に立つ方向を考えられていて、
一方、任天堂の開発者が考えているのは
明らかに実用的なものではない、娯楽の分野ですから。
わたしたちは、人に驚いてもらったり、
喜んでもらったりすることばかり考えていますからね。
韓
両者の観点が異なるんですね。
これはわたしの個人的な解釈なんですけども、
Googleはどちらかというと、左脳で考えていて、
任天堂さんは右脳で考えているんじゃないかと。
岩田
Googleさんはどちらかというと論理的思考で考えて、
任天堂は芸術的創造性で考える傾向にあるということですか(笑)。
韓
はい。
われわれが日常的に取り組んでいることによって、幸いにも
ユーザーが検索窓に打ち込んだデータが大量に集まってきます。
もちろんプライバシーに関したもの以外の情報になりますけど。
岩田
世界中から膨大なデータを集められても、
個人とは結びつかないかたちにされているんですよね。
韓
そうです。なので、どのような決定を下すときも
そういった大量のデータをベースに、
ロジカルに決めていくことができます。
たとえば以前からやっていることですが、
Googleのアカウントを持っている人が
ログインしている状態で検索すると、
そのユーザーが誰かはわからないですけど、
その人はどんなキーワードを検索して、
どの広告をクリックした、もしくはしなかったということを
検索エンジンのほうで覚えていて、
次に検索したとき、検索結果が変わるようになっているんです。
岩田
つまり、検索する人が誰であるかは特定できないけど、
その人の好みに応じた検索結果を示すことができるんですね。
韓
はい。ですから、このユーザーはこの広告に興味がないから
表示しないようにしたりとか、
逆にこの広告に興味があるから、もっと出すとか、
そういったことをロジカルに決めていくのが
Googleのやり方なんです。
でも、任天堂さんのやり方はそうじゃなくて、
お客さんたちがなんとなく望んでいるものを、
言い当てるようなところがありますよね?
岩田
ええ。わたしたちの仕事は、ある意味
お客さんに驚いてもらうことだと言えるんですけど、
だからと言って「あなたは何をしたら驚きますか?」と
お客さんに聞くことができないんですね。
「こういうものが欲しい」、「こういうものがあったら驚くぞ」と
お客さんが、事前にわかっておられるわけではないからです。
ですから、お客さんも気づかれていないような
潜在的な欲求をわたしたちが見つけ出して
「そうそう、こういうので遊んでみたかったんだ」と
言っていただける商品をつくらないといけないという点で、
わたしたちの仕事はちょっと特殊なんです。
お客さんに直接聞いても答えはわかりませんから。
韓
わからないですよね。
岩田
それに、マリオがピョンピョン跳ねるようなことでも、
どのように跳ねたら気持ちがいいのか、
論理的にはなかなか解けないんです。
韓
解けないですね。
ユーザーリサーチをしても、たぶん答えは出てこないですよね。
そこに任天堂さんと弊社の大きな違いがあると思います。
だから、今回の『安藤ケンサク』は、
それぞれのいいところを組み合わせて
それぞれの足りないところを埋めながら生まれた、
ひとつの実験ソフトだと思うんですね。
岩田
本当にそうですね。
ところで韓さんは、実際に『安藤ケンサク』を触ってみて、
どんな印象を持たれましたか?
韓
これは個人的な感想になりますけど
ひとことで言うと・・・とても感動しました。
岩田
それはどの部分にですか?
韓
たとえば、都市として東京と大阪を比べたとき、
東京が中心だと考えるのが自然じゃないですか。
岩田
はい。東京は日本の首都ですし、
人口も含めて、圧倒的に大きな都市ですから。
韓
ですから、ふつうに検索をすると
「東京」のほうが圧倒的にヒット件数が多くなります。
ところが、条件を変えて、フレーズ検索(※4)をしてみると、
逆の結果になることがあるんです。
岩田
フレーズ検索というのは
「“”(ダブルクォーテーション)」で言葉を囲って
検索する方法ですね。
※4
フレーズ検索=たとえば「安藤ケンサク」をGoogle検索すると、「安藤」と「ケンサク」を別個の単語として、その語を含むページも検索されてしまう。そこで、「“安藤ケンサク”」のように囲んで入力すれば、ひとつのフレーズとして検索することができる。
韓
はい。たとえば「“東京名物”」と「“大阪名物”」では
「“大阪名物”」のヒット数が多くなるんです。
それをゲームにしているのがすごく面白いなあと思いました。
検索エンジンは誰でも使えるものですが、
調べもの以外にも、その使い方次第で
世の中の動きや状況など、新たな側面が見えてくるんです。
「東京」と「大阪」の比較はひとつの例ですけど、
『安藤ケンサク』で、新しい見え方ができるようになるということが、
本当によくわかりました。
岩田
わたしたちが日常的にさりげなく使っている検索エンジンも、
見方を変えると、意外なことがいっぱいあって、
その意外とも思えることには必ず理由がありますよね。
それを、「きっとこうなんだからこうなんだろう」と予想したり、
複数の人で当てっこをして、
すごく意外な結果を他人が上手に言い当てたりするのを見ると、
ものすごく違う面白さにもつながるんですね。
ですから今回の『安藤ケンサク』は遊べば遊ぶほど
人の考えや行動がわかってきたり、雑学が身についたりするなど
これまでにないユニークなソフトになったと思います。
韓
そうですね。
個人的にもぜひ遊んでみたいと思っています。
もちろんWiiも持っておりますので(笑)。
岩田
(笑)
韓
ただ、正直に申し上げますと、
社内でスタッフを動員してやったことが、
本当に正しかったかどうか、正直に言うと不安でした。
ところが、完成したソフトを実際に触ってみると、
それが正しかったと、胸を張って、
社内で言えるようになるのかなと思っています。
それと『安藤ケンサク』というタイトルに決まったと
聞いたときは正直ビックリしました。
「ひょっとして、開発チームに安藤さんがいるんですか?」と、
スタッフの方に聞いたんですけど、そうじゃないんですね。
岩田
「AND検索」(※5)からついた
「安藤ケンサク」というキャラクターがこのゲームには登場するので、
商品の内容を端的に表現し、かつ、親しみがあり
お客さんに愛される名前として、この名前にしたんですけど、
今回のネーミングは、けっこう難産だったんです。
究極に言うと、ビデオゲームというのは、
生きていく上で必要不可欠ではないものですから、
どんなによくできた商品であっても
お客さんに知っていただけないと
消えていくことも少なくないんですね。
それだけはどうしても避けたいと考えたんです。
※5
AND検索=「京都 天気」のように、複数の単語を入力して(単語の間はスペースを空ける)、検索対象を絞り込む方法。
韓
なるほど。
よろしければもうひとつ質問したいんですけど。
岩田
はい。
韓
新しい商品の名前をつけようとするとき、
ユーザーの反応の調査をするようなステップは踏むんでしょうか?
岩田
ネーミングの調査をすることもないわけではないんですが・・・。
たとえばWiiの場合、開発コード名は「レボリューション」だったのですが、
もし正式名称を決めるときに、わたしたちが10個の候補名を出して
「このなかから正式名称を選んでください」と、
一般の方にお願いしたとします。
そのときにWiiという名称が紛れ込んでいたとしても、
あの当時、Wiiを選んだ人はほとんどいないと思うんです。
韓
確かにそうでしょうね。
岩田
でも、わたしたちはWiiに決めて、
その結果、世の中のたくさんの人たちに受け入れていただき、
いまとなってはWii以外の名前は考えられないわけです。
韓
そうですね。
岩田
ネーミングにはそういうところがありますので、
それはある意味、Googleさんのアプローチからすると、
ちょっと奇妙なところもあるかも知れませんが(笑)。
韓
そこは先ほど言った、両社の違いですよね。
岩田
アプローチの違いなんでしょうかね。
韓
そう思います。