4. キーボードをマップに

石原

僕がもうひとつ、こだわったことがあるんです。
山名さんは最初、水辺や洞窟などマップをいくつかつくって、
そのエリアにいろんなポケモンを登場させるようなゲームとして、
いくつかサンプルマップを持ってこられたんですね。
でも今回はそのパターンを変えたかったので、
「キーボードがマップになっているようにしたい」と言ったんです。

岩田

あ、「キーボードがマップ」って、
石原さんが言い出したんですか。

石原

“ホームボタン”をスタート地点にして、
ここから旅するようにしてほしい、って話をしたんです。

山名

まあ、それでマップぶちこわしです・・・やりなおし(苦笑)。

石原

全部やりなおしのうえ、キーボードのボタンの数だけ、
60面つくらなきゃいけなくなったんですけどね(笑)。

岩田

ああ、60面はキーの数からきているんですか。

山名

そうなんです。ぜったい60面つくらなきゃいけないことに・・・。
スケジュール以上につらい“しばり”が出てきちゃって、
「えっ! 60面もつくるんですか、これ!」みたいな(笑)。
言い訳できない感じになっちゃって、本当に参りました。
それも絶妙なタイミングで、「やったー、マップできたぜ!」
と言って見せたら「キーボードにしましょう」
「えええーーーっ!」なんて感じでした(笑)。

安藤

でもキーボードだから、たとえば特別なコースをつくってしまうと、
そのキーが特別なものに思われてしまうかもしれないので、
それも違いますよね、という意見もありまして。

岩田

ますます山名さんを悩ませるわけですね。

石原

でもね、たとえばスペースバーは長いから
長いコースにしたいって思うじゃないですか(笑)。

岩田

ははは(笑)。きわめてシンプルにそう思われるんですね。

石原

でも、このプロジェクトが大変なんだなと思ったのは、
終盤で、ソフトだけでは解決できない、
キーボードの通信問題が発生したときだったんです。
解決法として、通信のしくみを変えなくちゃいけなかったんです。
いまさら根本的なところを変えるのかって思ったけど、
にっちもさっちもいかなくなって・・・。

岩田

今回の『ポケモンタイピングDS』もそうですが、
ハードとソフトをセットでつくるプロダクトは、
そのハードを本格的にテストする
はじめてのプログラムになるんです。
だからソフトがある程度できないと、
見えてこないハードの問題というのがあるんですよね。

石原

そうですね。最後の最後でこの問題がやってきたとき、
オシロスコープ(※9)なども持ち込まれて解析していたんですが、
わたしはそういう現場が実は大好きなんです(笑)。

※9

オシロスコープ=電圧が変化していく様子を観測する測定器。

岩田

石原さん、ちょっとワクワクしながら見ていたんですね。

石原

技術的な基礎を持っている人たちが現場に集まって、
必死にものをつくっている姿を見るのが、すごく好きなんです。

安藤

発端は、デバッグ中にやたら止まることだったんですよね。

山名

僕はあせりましたよ、このパターンはやばいって・・・。

岩田

原因がソフトに思い当たらないんですね。

安藤

電話でプログラマーさんに「おかしいですよね」って聞いても、
「わかっているんですけど、わからないんです」って言われて。
「じゃあちょっと社内でも詳しい人に聞いてみます」と、
どんどん深いところのチームの人に話が波及していって、
「えっ、そんなに奥のほうの話なんですか?」みたいな感じでした。

岩田

結局、本当に奥の奥のほうの問題だったんですよね。

山名

はい。最後は、デジタル回路がわかる人でないと
話がついていけなくなるほどでした。

石原

まあ、ハードとソフトがせめぎあってなんとかしようとする、
最後の現場だったなと思いますね。

岩田

では、ときどき任天堂が、基板と配線むき出しの状態の、
完成にはほど遠い開発初期の商品を石原さんに見せるとき、
じつは結構、石原さんはワクワクしているわけですね(笑)。

石原

そうです。ハードとソフトがまざりあっているあたりが
いちばん面白いんですよ。
ソフト面でもハード面でも、新しくトライアルできることが
限りなく魅力的だからこそ、これまでなかったものを
つくれるという実感がありますからね。
次から次へと無理難題を言ってしまうんですけど(笑)。

岩田

無理難題はある意味、
お客さんからのすごく基本的な欲求ですから。

山名

そうなんですよね。
だから、やっぱり応えたいんですよね。

岩田

「これはつくり手の都合でしかなかったな」と、
お客さんの何気ない一言で気づかされるんじゃないですか。

山名

そうですね。言っていただかないと
わからないことが多いので、すごくありがたいんです。
それから、タイピングソフトをここまでつくりこんだものは、
あんまり数がないんじゃないかなと思うので、
タイピングソフトのひとつのベクトルとして、
今回はいいものができたんじゃないかなと思っています。

石原

このキーボードはすごく魅力的ですし、
80年代の僕らが体験したような
魅力的なデバイスでワクワクする体験というものを、
いまのお子さんにも体験してもらいたいと思いますね。
だから僕もキーボードに対するこだわりというより、
キーボードといっしょに使えるデバイスであるパソコンを
どう使いこなすかが基本だと思うので、
楽しく遊んでほしいなと思います。