岩田
森村さん、お待たせしました。
ちなみに森村さんは、「ユーザー層拡大プロジェクト」(※10)の
最初のメンバーのひとりだったんですね。
※10
「ユーザー層拡大プロジェクト」=DSの発売を機に発足した任天堂の社内の部門横断プロジェクト。複数の開発部門からメンバーが集められ、ゲーム人口を拡大するためのソフトについて、アイデアを出し合った。
森村
はい。当時わたしは情報開発本部にいたのですが、
あのプロジェクトには、
任天堂のいろんな部署から代表が集まっていて、
なかにはソフト開発とは関係のない部署の方もいましたので、
いろんな考え方があることを学びました。
岩田
そのプロジェクトから、『脳トレ』の原型や
「脳年齢」といったキーワードが生まれることになりました。
森村さんは、わたしが『脳トレ』のDS化を検討するように
お題を出したチームのひとりでしたよね。
その後、森村さんはネットワーク開発部に異動して、
最初に任されたのがこのプロジェクトだった。
まず、どうやってまとめようと思いましたか?
森村
僕がこのプロジェクトに入った段階で、
わりと生活リズム計の原型はできていて、
それを使って、ソフトのほうでどんなことができるのか、
まずは、そこから考えはじめました。
岩田
生活リズム計というのは、カートリッジ式のほうですね。
森村
そうです。いちばん最初にできたものです。
そこで、一般に売られてる歩数計にはない、
任天堂らしい、楽しい遊びを入れたいと思って、
みんなで一緒に企画を考えたり
いろいろ試作品をつくったりしていました。
岩田
当時は、生活リズム計もまだ名前がなくて、
「DHC」という開発コード名で呼ばれていました。
わたしは長いこと知らずにいたんですが、
DHCは、「DS・歩数計・カートリッジ」の略だそうですね(笑)。
森村
はい。ソフトのほうも仮称で『Miiウォーク』という名称でした。
何より、Mii(似顔絵キャラクター)とこのソフトとの相性が
すごくいいと思ったんです。
そこで、自分の分身ということでMiiを前面に出すことにして、
実際の生活とのリンク感を感じていただこうと。
毎日歩くことで、歩数がどんどんたまっていきますので、
それを使って、楽しいことができると思ったんです。
岩田
歩数をためてどんなことができるようにしたのですか?
森村
たとえば、毎日どんどん歩くと
ソフト内のMiiも世界のあちこちに行けて
地球の上にモニュメントを残せるようになったりとか。
これは製品版でも残っていて、
わたしはこの「歩いてつくる世界地図」が
このソフトの「柱」になるものと思っていたのですが・・・。
岩田
「柱」じゃなかった。
森村
そうです。岩田さんから
地球上にモニュメントを残せるくらいの遊びだけだったら、
毎日続けるようなモチベーションにはつながらないと指摘されて、
その答えを見つけるために、かなり悩みました。
下村
一方で、生活リズム計のほうはほぼ完成していましたので、
とりあえず、そのときに出来上がっているものを
役員の方々にお持ち帰りいただいて、
率直な感想を聞くことにしたんですね。
岩田
持ち帰らせられたんです、去年の年末に(笑)。
「お正月休みにテストプレイをしてほしい」って言われて。
下村
その後、休み明けに会議が開かれたんですが、
どうも反応が芳しくありませんでした。
宮本(茂)さん(※11)には「何をするソフトか明確でない」って
言われましたし。
※11
宮本茂=任天堂株式会社専務取締役。マリオの産みの親。
岩田
テストしてくれた人全員からの
生活リズム計のハードのウケはすごくよかったんです。
でも「ソフトのほうでは、もっとできることがあるんじゃないの」って。
森村さんが柱だと思っていた「世界地図」も、
ゲームの楽しさの一要素ではあると思うんです。
歩数計の遊びとしては、グラフィカルで豪華ですし。
でも、柱にするにはちょっと細すぎたんですね。
何より、そのために毎日やろうとは思えなかったんです。
これじゃ、ほとんどの人が、毎日は続かないんじゃないかと。
森村
いまから考えると、当時のわたしは、
既存の歩数計の枠に縛られていたんじゃないかと思います。
もともと企画の原点は、歩数計で楽しい遊びをすることでしたし、
どんどん歩いて、どんどん歩数をためて、
その結果、楽しいことができるといいなと思っていたんです。
岩田
だから『Miiウォーク』と呼んでいたんですよね。
自分の分身のMiiがどんどん歩いて、
たくさん歩数をためると、ご褒美がもらえるよって。
森村
ところが、世の中の人たちのみんなが、
どんどん歩きたいと考えてるわけではないんですよね。
岩田
そうです。どんどん歩こうとしないような人たちにも
関心を持っていただける要素がないと、
このソフトは広がらないと思ったんですね。
で、水木さんはどのようなタイミングで
このプロジェクトに加わることになったんですか?。
水木
まさにその、反応が芳しくない会議に、
僕も同席して横で話を聞いていたんです。
キビシイご意見をいただきました・・・。
岩田
そんなにキビシイ感じでした?(笑)
水木
ちょっと(笑)。
そこで、自分としては何かできるんじゃないかと思って、
会議が終わってからすぐ、下村さんのところに行って、
僕がお手伝いしますって伝えたんです。
下村
水木さんて、救援投手みたいな存在なんです。
岩田
救援投手って、野球の?
下村
はい。先発の森村投手が、役員のみなさんから
ボコボコに打ち込まれた大ピンチを
見るに見かねて、リリーフ志願してくれたんです。
一同
(笑)
水木
ま、そんな感じで(笑)、
このプロジェクトに加わることになりました。
岩田
で、水木さんがリリーフして、
まず最初にやったことはどんなことですか?
水木
まず、わたしのグループのメンバーにモニターを頼んで、
そこから吸い上げた意見を参考に、調整をしました。
そういう作業を進めると同時に、下村さんが提案していた
「1分ごとの歩数データ」を何とか活かせる手はないかと。
このことは、岩田さんから何度も言われてましたよね。
岩田
わたしは、家に帰ってから、
生活リズム計のデータを、DSに通信で送って
最初に見たいと感じたのが、「1分ごとの歩数データ」だったんです。
ところが、年末に触った試作品だと、
メニュー階層の奥深くにしまい込まれていて、
まるでオマケのような扱いだったんですね。
水木
当時は、すぐに見られる仕様になっていませんでしたからね。
2月に東京マラソンが開かれたとき、
それにスタッフの1人が参加することになったので
テストもかねて、生活リズム計を持って走ってもらったんです。
で、レース後に1分ごとの歩数データを見たら、
これがすごくおもしろかったんです。
その時点では、すでに1分ごとの歩数データが
棒グラフのように表示されるようになっていたんですが、
いきなり5分間くらいの空白ができてたんですね。
「ああ、ここでトイレに行ったんだ」とか
みんなですごく盛り上がったんです。
岩田
しかも走るペースによって、
1分ごとの歩数データが変わりますし、
あとから自分の走り方がわかって、おもしろいでしょうね。
水木
人によっては、疲れて立ち止まることもありますし、
そのときは空白になりますので、
何時何分から何分間くらい休んでいたかということも
あとから確認できるんですね。
そこで、その東京マラソンのテストをキッカケに、
分刻みの歩数記録をもっと強化することにして、
たとえばメモがつけられる機能も追加することにしました。
岩田
でも、東京マラソンに出られるような人は
楽しいかもしれませんけど、
そういった人の数は限られてますよね。
水木
普通の生活を規則正しく過ごしていると、
毎日同じような形の分刻みの歩数記録になってしまいますので、
平凡に感じるというか、新鮮みがなくなるというか。
岩田
特別なイベントがないと、
毎日同じだよねって話になりますからね。
水木
そこがすごいカギになって、森村さんと何度も相談しました。
岩田
で、森村さん、光はいつ見えてきたんですか?
森村
電車に乗っているときです。
水木さんと2人で開発会社に打ち合わせに行って、
夜遅く京都に戻ってくる電車のなかで
水木さんと話をしてるときに・・・。
水木
最近はよく「生活習慣病」とか言われますよね。
たとえば日曜日の午前中は、ほとんど歩いていないことが、
分刻みの歩数記録を見ると一目瞭然だったりするんです。
森村
そこで、生活習慣を計るようなソフトにすれば
イケるかも?という話になって、2人ですごく盛り上がったんです。
岩田
深夜の電車のなかで光明が見えてきたんですね(笑)。
水木
そこで翌朝すぐに、下村さんに相談に行ったら、
最初からピンときたみたいで、
「それって『生活リズム』かもね」って。
岩田
『生活リズム』というキーワードは下村さんが考えたんですね。
わたしも、初めて聞いたときから、印象が良かったですよ。
下村
いつもは、僕が出す案はダサイって言われて
却下されちゃうんですけど(笑)。
水木
「生活リズムがいい」というのは、
規則正しい生活という意味でもありますよね。
だから、毎日同じような形の分刻みの歩数記録であることが
「今日も平凡な1日だった」ではなくって、
実は「今日も生活リズムがよかった」というように、
ポジティブに考えられるようになると思ったんです。
森村
それまでは、分刻みの歩数記録を、
1日の単位だけで振り返って見ていたんです。
でも1週間ごと、1ヵ月ごと、曜日ごとに見比べられるようにしたら、
それまで見えなかったものが、見えるようになりました。
下村
たとえば、2ヵ月、3ヵ月単位で振り返ってみると、
自分の場合、8月の歩数が多かったりするんですね。
それって、お盆休みにしっかり運動したからで、
自分をほめてあげようってことになるんです。
森村
わたしの場合、開発の終盤になってから、
帰宅する時間が日に日に遅くなっていったんです。
そこで、1週間単位で振り返ってみると、
帰宅時間が少しずつ遅くなっていくのが
歩数記録としてしっかり残っていて・・・。
残業はうれしくないんだけど、うれしいみたいな(笑)。
一同
(笑)
森村
自分の生活のなかでも、見えなかったものが見えるようになり、
「これはいける」という手応えを感じるようになりました。