岩田
生産に「待った」がかかった理由は
わたしから説明します。
もともと、この『生活リズムDS』は、
もっと早く完成する予定だったんですが、
ソフトの開発が遅れてしまい、
ニンテンドーDSiの発売とタイミングが重なってしまったんです。
ご存じのように、DSiにはアドバンスカートリッジの
差し込み口がついてませんので、
従来のDSかDSLiteでないと楽しむことができません。
そういう形で商品として出すのは、
DSiを買っていただいたお客さんに申し訳ないということで
「待った」をかけることになったんです。
下村
そのときは本当につらかったですね。
みんなヘロヘロになりながらつくったのに、
「残念でした。今度は別の方式でつくりなおしましょう」って
簡単に言えることではありませんでしたから。
岩田
わたしも、わたしの部屋から出て行こうとする、
下村さんの重そうな足取りが目に焼きついています。
話を聞いた秋田さんもすごくショックだったんじゃないですか?
秋田
もちろんその話を聞いたときはショックでした。
でもカートリッジ式でなくなることで、
サイズをもっとコンパクトにすることもできますし
新たに考え直そうと。
岩田
カートリッジ差し込み口のサイズに
合わせる必要がなくなりましたからね。
秋田
でも、新たな問題が浮上してきました。
生活リズム計からDSカードに
どうやってデータ通信させたらいいんだろうって。
岩田
カートリッジ式であれば、DSに差し込むだけで、
歩数データをDSカードに伝えることができましたからね。
秋田
だから、どうやって通信させるかが課題になりました。
通信をする方法はいろいろありますけど、
回路グループのスタッフと話し合いをして、
赤外線通信を採用するのがベストだということになりました。
転送するデータ量もそんなに大きくありませんし、
安価でつくることができますので。ところが・・・。
岩田
ところが?
秋田
またまた新たな問題が。
DSカードって、すごくちっちゃくて薄いですよね。
そんなカードのどこに赤外線通信の部品を入れたらいいのって。
岩田
なるほど。
そもそも、最初にDSカードを設計したとき、
そのなかに、赤外線通信の部品を入れるようなことなんて、
設計者はまったく想定していないですからね。
秋田
ですから、DSカードを改造する必要がありました。
ちょっとかっこわるいですけど、赤外線通信の部品を、
DSカードに出っ張る形でつけようかって話になって。
下村
すると、ちょっと押しただけでカチッとなって、
DSカードがDS本体からはずれてしまうんです。
岩田
DSカードから出っ張ったぶん、
押されやすくなってしまうんですね。
秋田
DSカードがはずれるのを防止する
ロック機能もあるんですけど、
それをつけると、さらにサイズが大きくなってしまうんです。
岩田
任天堂の伝統のひとつである
落下試験をクリアするのも、
そんな出っ張りがあると大変でしょうからね。
秋田
そこまで大きくするのは問題だということになりまして、
そうこうしているうちに、回路グループのスタッフが走り回って、
小さな部品を捜してくれたんです。
DSカードのなかにスッキリと納めることができたんです。
下村
ただ、こんな基板構成は
任天堂でやったことのない手法でしたので、
量産できるのか、心配する声もあったんですけど、
そこは宇治工場のスタッフのがんばりもあって、
量産のメドをつけることができました。
岩田
DSカードの問題はなんとかかたづけることができて、
生活リズム計のほうはどうなっていったんですか?
秋田
その時点では、回路の中身はほとんど決まっていて、
サイズもほぼ決まりつつありました。
ただ、カートリッジ式でつくっていたときからの課題なんですが
、
今回は生活防水レベルにしっかり仕上げようと。
岩田
せっかくつくりなおすんだし。
秋田
そうですね。そこでつくったのがこれです。
これ、デザイナーさんの手が入る前の段階なので、
デザインはまだまだなんですけど。
岩田
カートリッジ式と比べると、
ずいぶんコンパクトになりましたね。
秋田
ええ。だから、わたしは自信満々で
下村さんのところに持って行ったんです。
岩田
そしたら下村さんは何と?
秋田
「何これ? デカっ!」って。
一同
(笑)
下村
「ダメダメやりなおし!」って言いました。
岩田
どうしてそこまで?
下村
今回、いちばん最初に決めたコンセプトは、
歩数表示(液晶画面)のない歩数計をつくることだったんです。
普段歩いているときには、あまり意識をせずに歩いていただいて、
一日が終わったら「今日は何歩歩いたのかな」ってことで
ソフトを立ち上げる喜びにつなげたいと考えていました。
液晶がつかないぶん、コンパクトにすることができますしね。
人に見せて、「これ歩数計なんだよ」と言っても
信じてもらえないようなものをつくりたかったんです。
ところが、そのときに見せられた試作品は、
わたしがイメージしていたものよりもすごく大きくて、
「どうしてこんなにでかいものしかできないんだ」って
思ってしまったんです。
秋田さんには申し訳なかったんですけど・・・。
岩田
2度目のちゃぶ台返しを体験して、
秋田さん、すごくショックだったでしょう?
秋田
でも、わたしの仕事は、基板のケースを設計することなんです。
だから、その足で、回路グループのところに行って、
下村さんの言葉をそのまま伝えました。
「ダメダメやりなおし!」って。
一同
(笑)
秋田
「もっと小さく!」って言うと、
そこからまた回路グループのスタッフたちががんばってくれて、
設計をいちからやりなおし、ネジの位置も含めて、
できるだけ、できるだけ小さくということで、
細かな調整を何度も何度も繰り返し行って、
最終的にできたのがこれです。
下村
やればできるんですよね(笑)。
岩田
ずいぶん小さくなりましたね。
下村
大きさもさることながら、丸みを帯びた石けんのような形だと、
ポケットに入れてもじゃまに感じないんです。
そのままゴロンと横になっても痛くありませんし。
岩田
裸足で踏んでも痛くならないかとか、
そんなテストもやったようですね(笑)。
ところで、コンパクトになったこの生活リズム計のなかには、
一般の歩数計にはない、特殊な機能が入っているんですよね。
下村
1分ごとの歩数データが記録できる機能のことですね。
岩田
どうしてそのような機能を入れることにしたんですか?
下村
世の中には歩数計がたくさんあって、
1日にトータルで歩いた歩数は見られるんですけど、
分単位で細かく見られるようなものはなかったんです。
そこで、1分ごとの歩数を記録できるようにして、
そのデータをどんどんためていく仕組みを入れてみました。
そういう機能をあらかじめつくっておけば、
あとからソフトウェア側で
何かおもしろいことをやってくれるんじゃないかと。
岩田
つまり、活かし方が決まっていないのに、
これまでの歩数計にないような機能をつけたんですね。
それって、下村さんの思いつきだったのですか?
下村
そこは、たまたま「勘」がさえたのかもしれません。
わたしは任天堂のハード技術者として、
新しいハードにどんな機能をつければ、
どんな楽しい遊びができるだろうかということを、
これまでにたくさん考える機会がありました。
だから、コスト的に許されて、
おもしろそうなことができそうなものは、
ハード技術者として、どうしてもつけたくなるんです。
で、あとは、ソフト屋さんにバトンタッチするんです。
「きっとこの機能は使えるはずだから、入れときました」みたいに。
岩田
生活リズム計には、
小さなランプ(インジケーター)が1個ついていて、
目標歩数に達すると、赤から緑に変わるようになっていますけど
それも勘で?
下村
そうです。
普通、ランプの色の変化は、
バッテリーが足りなくなったときの、
お知らせ機能として使われることが多いですよね。
でも今回は、ソフトのほうで電池切れを知らせてくれますので、
別の使い方を考えてみました。
そこで、目標歩数を達成することで色が変わるようにしたら、
あとからおもしろい使い方をしてもらえるんじゃないかなって。
だから、わたしとしてはその時点で完成型はまだ見えてないんです。
「これでおれの仕事は終わったから、森村さん、あとは頼んだよ。
頑張って、おもしろいもんをつくってよ!」
という思いなんですね。
岩田
実に絶妙なタイミングで下村さんが展開を振ってくれました(笑)。
それでは、ソフトの話を訊くことにしましょう。