岩田
今回は、ちょっと珍しいパターンになります。
ひとつは、参加者の1人が海の向こうにいるということ。
もうひとつは、これまで「社長が訊く」の対象となったのは、
社内で開発したタイトルがほとんどでしたが、
社外の開発会社さんと任天堂がいっしょに
つくったものを取り上げるということです。
この形でできた『わがままファッション ガールズモード』は、
まったくの新作ですが、
長い時間と、いろんな紆余曲折があって、
不思議な形で商品に仕上がった課程は、
世の中の人たちにお伝えするべきじゃないかと思い、
みなさんに集まってもらいました。
では最初に、関わった人たちに、どんなことをしたのか、
自己紹介をしてもらおうと思います。
山上
企画開発本部の山上です。
今回はプロデューサーとして関わりました。
海の向こうにいる田島さんと、企画の初期から関わっています。
わたしは立場上、最初から最後までこのソフトに関わりました。
岩田
じゃあ、海の向こうの田島さん。
田島
はい。シアトルの田島です。
わたしはもともと山上さんのグループで働いていたんですけど、
1年前からNOA(Nintendo of America)に出向しています。
えーっと・・・わたしの肩書きって何でしたでしょうか?
山上
ディレクターでいいんじゃないでしょうか。
田島
じゃあ一応、ディレクターということで(笑)。
最初に企画を見つけた人です。
岩田
「企画を見つけた人」というのは
他の人が考えた企画を発掘したという意味なんですね。
田島
はい、そうです。
岩田
じゃあ、服部さん。
服部
企画開発本部の服部です。
わたしは山上さんのグループに所属していて、
今作では開発後半からディレクターを担当しました。
開発前半で開発会社さんと田島さんがつくってくれた
コンセプトなどを活かしながら、
より多くの人にわかりやすいゲームにするために
まとめていくことが主な仕事でした。
岩田
それでは、伊藤さん。
伊藤
企画開発本部の伊藤です。
わたしは服部さんと同時期からこのプロジェクトに関わって、
Wi-Fiのショッピングタウンの企画を実現するために、
技術的なサポートを主に担当しました。
岩田
もともと伊藤さんのメインの仕事は、
企画開発本部でつくっているさまざまなソフト群を
技術的にサポートすることなんですよね。
田島さんはもともと山上さんのグループの人で、
服部さんはいまでもそうですが、
山上さんのグループの人ではない伊藤さんが、
今回のように関わったのはちょっと特殊でしたね。
伊藤
はい。1本のソフトの開発現場に入ったのは初めてのことで、
プロジェクトに呼ばれたときは、ちょっとビックリしました。
岩田
伊藤さんがなぜ呼ばれたのか、理由は後ほど訊くことにして、
さっそく、開発の序盤の話に入ることにしましょう。
そもそも『ガールズモード』の企画はどうやってはじまったのか、
山上さんから説明していただけますか?
山上
はい。ちょっと調べてきたんですけど・・・
(モニターに向かって)田島さん、聞こえてますか?
田島
はい。
山上
えーっと、2005年の年末に、
シンソフィア(※1)社長の吉田(秀司)さんから
「服をテーマにしたゲームをつくりたい」って
言われたのを覚えてますか?
※1
シンソフィア=『シムシティDS』や『がんばるわたしの家計ダイアリー』、『タッチパニック』などを開発。旧社名は株式会社アキ。本社は東京。
田島
はい。初めは確か、紙切れ1枚の、
コンセプトシートみたいなものしかなくて・・・。
山上
そうそう。紙切れ1枚じゃよくわからないから、
もっと詳しいのをお願いして、
そのときにいただいた企画書を持ってきました。
田島
その企画書、どこにあったんですか?
山上
田島さんの席(笑)。
田島
わたしの?
岩田
え? 田島さんの席、まだ残ってたんだ。
それは知らなかった・・・(笑)。
一同
(笑)
山上
この企画書、ファッション関係だというのに、
膨大な文字だけで埋まっていて、絵が1点もないんです。
日付は2006年1月26日になっていて、
このときから『ガールズモード』の企画がはじまりました。
岩田
シンソフィアさんの担当が田島さんだったんですね。
その企画がおもしろいと思ったのはどうしてなんですか?
田島
そもそもわたしはお洋服関連が大好きだったので、
ファッションがテーマの企画にものすごく惹かれたんです。
それが紙切れ1枚でも、ビビッとくるものがあって。
いままでにそんなゲームってなかったですし、
何より自分が好きなものがテーマだったら、
おもしろいものにできるんじゃないかなっていう、
漠然とした自信のようなものがあって、
それでぜひやってみたいと思ったんです。
岩田
田島さんはものすごくゲームを遊ぶ人ですよね?
田島
そうですね、はい。
わたしは、いわゆるハードコアゲーマーだと思うんですけど、
それと同時にカジュアルゲーマーでもあるんです。
パズルゲームがすごく好きですし、
『脳トレ』のようなゲームも楽しく遊べますし。
岩田
ところが、自分の遊ぶゲームのなかに、
ファッションをテーマにしたものはなくって、
どこかで自分が満たされないような気持ちがあった。
田島
そうです。もともとファッションの世界にもすごく興味があって、
それと自分の大好きなゲームがいっしょになったら、
ものすごく楽しいものになるんじゃないかと。
岩田
自分がおもしろいと思って、それを山上さんに伝えたら、
すぐにそのおもしろさをわかってくれたんですか?
田島
普段から山上さんは「田島がおもしろいと思うんだったら、
それでいい」って言ってくれていましたので・・・ですよね?
山上
確かにそう言ってきましたし、
たいていの企画は良さがわかったんですけど、
実はこの企画に関してはまったく良さがわからなかったんです。
そこで「大丈夫? ホントに大丈夫?」って何度も念を押したら、
自信満々に「わたしに任せてください!」って。
岩田
田島さんは企画を通そうとするときは
すごく勢いがありますからね(笑)。
山上
そこで、1月に最初の企画書をいただいた後、
さらに企画を練り直して、
5月になってようやく岩田さんに話をしたんですよね。
その時点でも、僕はおもしろさがまったく理解できていなくて・・・。
だから岩田さんには「田島さんがいいと言ってますが、
私はまだ良さが分からない・・・そんな企画が始まる事が
たまにはあってもいいでしょうか。
田島さんはファッションが得意で、
『最後までやります』って言ってることですし」って。
田島
すみません、最後までやらなくて!
山上
いえいえ、田島さんは企画がはじまって
1年半後に海の向こうに行くことになりましたからね(笑)。
岩田
ところで、田島さんのなかには
最初から明確なゴール像はあったんですか?
田島
ぶっちゃけて言いますと、なかったと思います。どうなるか・・・。
岩田
「最後までやります」って言い切ったけど、
明確なゴールは見えていなかったんですね(笑)。
でも完成したからには、最初に決まったコンセプトで、
最後までブレなかったことがあったと思うんですが、
それはどんなことだったのですか?
田島
女の子を着せ替えすることですね。リアルなファッションで。
コーディネートを楽しむことも、最初に考えたことでした。
岩田
つまり、リアルなファッションで、女の子を着せ替えして、
コーディネートを楽しむと。
そのコンセプトは最後まで変わらなかったんですね。
逆に変わったところはどんなところですか?
田島
基本は、ほとんど変わっていないはずなんですが・・・。
岩田
でもこの商品はわりと開発が長引いたし、
少々迷走したと言ってもいいくらい
試行錯誤をして仕上がった商品ですから、
そういうときって最初から
思い通りにゴールに近づいたのではなくって、
最初から最後まで変わらなかったことがある一方で、
途中で迷ったり、変わったりしたことが
出てくるものなんですよ。
あんまり記憶にないですか?
田島
えーっとですね・・・
わたしも最後に携わったのが1年前のことですので、
記憶が定かではないんですが・・・。
そうそう、最初にシンソフィアさんから
あがってきたインターフェイスのデザインが
すごく子どもっぽくて・・・。
服部さん、覚えてますよね?
服部
はい。ハートマークがたくさん使われていて、
ピンク一色のような感じで・・・
田島
猫の足あとマークのようなデザインがされてたりして・・・
おしゃれじゃなかったんです。
岩田
ピンク一色でハートマーク(笑)。
田島
それがすごくイヤだったんです。
せっかくファッションのコーディネートを楽しむんだから、
全体的におしゃれな雰囲気をつくりたいと思っていたのに、
いかにも子ども向けのデザインで・・・。
だからそこは大きく変えていきました。