アナザーストーリー

「紫の日記」にまつわるもう一つのストーリー

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  • プロローグ 放課後・旧会議室
  • 第一話 陰気な男
  • 第二話 顔の無い少年
  • 第三話 人形になった女
  • 第四話 呪文
  • 第五話 図書館の闇
  • エピローグ

WEBサイト限定 アナザーストーリーとは? 開発スタッフが書き下ろした、「紫の日記」に関わった人々の物語です。

呪文

また… 聞こえる… しわがれた、恐ろしげな声。何かを繰り返している。何て言っているんだろう。まるで呪文のようだ… 聞いてはいけない… あれは… 周囲からぼんやりと笑い声が聞こえる。その後、頭部に遅れてやってきた鈍い痛み。私はようやく事態を理解した。ぼやけた視界の中、目の前に灰色の壁が出現する。現国かつ「文化部」顧問の山本先生の着たきりの灰色のコート。手には閉じた教科書の背表紙。アレで後頭部をやられたということか。次の学内新聞は体罰教師の記事にした方が良いだろうか。『居眠り生徒の記事を書いてからにして欲しいけどね』

思考の先を読まれた私はようやく目が覚めてきた。先生は返答を待たずに授業に戻る。心地よい調子で読み上げられる文章をBGMに、私はぼんやりと窓の外に目を移す。窓ガラスを伝う雨に歪んだ向こうに、中庭のクレマチスが見えている。新校舎にある教室からも、あの場所は見える。最近は、気がつくと中庭を見ている気がする。そこに、何もないことを祈って… 「二度と目覚めぬ呪文」。紫の日記には、そういうエピソードもある。

夜に聞こえる、しわがれた声。それは、紫の日記に近づく者への呪い。遠くから聞こえる、そのしわがれた声は、夜毎、少しずつ近づいてくる。近づくにつれ、呪文の様に繰り返される言葉が、だんだんと聞き取れるようになる。でも、その言葉の内容は、誰も知らない。その呪文の内容を知ってしまった者は、声の主に捕らえられ、両手に持った鋭い針で、その目を二度と開かぬよう、閉ざされてしまうから。二度と、目覚めぬように。日記の闇から、逃げられぬように。

『「呪文」っていう要素と「目を開かないようにする」っていうのは、他にないパターンよね。』依子が興味深げに言う。このエピソードは依子が調べてきたものだ。紫の日記のエピソードの大半は、被害者についての物語になっている。その被害者が、いかにして次の被害者を巻き込み、「増殖」していくのか。でも、このエピソードにそういう要素はない。それに… 『それに、「黒い服の女」が出てこないし。多分、この声の主がそれにあたるんだろうけど。』「眠っている間」で「目を開かぬようにする」というから、外見は見れなくて当然なのだけど。『「呪文」「両手に持った針」「目を開かぬように閉ざす」。どれも、妙に具体的なのよね。』

依子は続ける。民俗学の本や地方の古い文献には、残酷な要素を持った「儀式」の記述が稀にあるという。人々の「痛み」や「罪」を体中に刺青として刻み、引き受ける「文身(いれずみ)行者」の話。人の悪夢を引き受けて、自分は眠り続け、目覚めぬまま「あの世」に送られるという「眠り巫女」の話。双子を人身御供として供える「双子巫女」の話。巫女の血で染めた縄で注連縄(しめなわ)を作るという…『意外と、その辺りの地域伝承が、都市伝説の元ネタになってたりするのよね。「紫の日記」の「顔を削がれる」っていうオチは、まだ見たことがないけど…』まるでマンガのオチを語るように、依子が言う。マンガも都市伝説も、似たようなものなのか。少なくとも、今の依子にとっては、その程度のものなのだろう。まだ…。

夜中にしわがれた呪文が聞こえたら、耳を傾けてはいけない。静かに、息を潜めて、耳を閉ざし、気付かれてはならない。次の朝、目を覚ますことができるまで。 第五話へ続く

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