2. マスターアップ直前に開発がストップ

岩田

ふつう、ゲームをつくるときは、
自分たち自身ですごく汗をかきながら
設定をつくり、技を決め、みたいなことをするのですが、
今回のソフトのデータは
全部Googleさんのサーバのなかにありますので、
そこから好きなデータを選んで、
それをゲームに活用するだけでいいという、
そういう目論みが最初にはあったわけですよね。

征矢

はい。ですから、
ささっとつくれるものだと思っていました。

西村

そもそも、最初は
とても短い期間でつくる予定のプロジェクトでしたから。

岩田

わたしもそう聞いていました。

西村

すぐにできるので、ということでしたので
そのつもりだったんですが・・・。

岩田

「すぐできるので」と言って、3年もたってしまった。

西村

はい。2007年の6月頃からつくりはじめて
およそ半年後の年末の、そろそろ完成が見えてくる頃になって、
ゲームにならない部分が見えはじめたんです。

岩田

もうそろそろ完成が見えたら、
実はゲームにならないという、
それはゲーム開発上、かなり悪夢ですよね。

西村

はい・・・本当に悪夢でした。
たとえば「車」というキーワードが最初に出て、
「ドライバー」とか「ホイール」とか「ガソリン」とか、
それに関連する言葉が出てくれば、ピッタリ合いますし、
お客さんもそういった言葉を選ぼうとされると思うんです。
ところが思った通りの単語が出てこなくて・・・。

岩田

「車」とは
なんの関係もない言葉が出てきてしまうんですね。

西村

はい。「火事」とか「水泳」とか、
ぜんぜん関係のない言葉が出てきまして。

岩田

「車」に「水泳」と言われても(笑)。

西村

その当時は4000語くらい入っていたんですけど、
言葉をランダムに、自動でピックアップするようになっていたんです。
ですから、その時点でテストプレイをされた方から
「運任せのくじ引きみたいなゲームだ」と言われてしまったんです。

岩田

このようなゲームが、
「くじ引きみたい」と言われると、すごく辛いですね。

西村

はい。新しいモードのアイデアがいくら面白そうなものであっても、
そこで期待するような単語が出てこなければ
遊んでみて面白くないということが、
実際につくって触ることでようやくわかったんです。
そこで、その当時入れていた4000語を
さまざまな属性に分類することにしました。
たとえば「車」や「ガソリン」は
同じ属性に分類したりとか。

岩田

その作業は人力で行ったんですか?

征矢

基本的には人力です。
3〜40人のスタッフで判断するようにしました。

岩田

そもそもGoogleさんのような検索エンジンは
すべてのことが自動で行われることがポイントで、
このソフトもそれに倣ってつくられるはずだったのに、
けっきょくは人力に頼るしか
なくなってしまったということですね。

征矢

はい。ですから、ものすごく巨大な象に立ち向かう
まさにアリのようでした。

油井

ただ、それぞれの主観で分類したものでしたので、
最後にはやっぱり違和感が残ってしまいました。
ところが運がいいことに、日本語処理のシステムに詳しい
プログラマーさんがたまたま見つかり、
その方から、日本語変換にはキョウキ性というのがあるので
それを使ってみたらという提案を受けたんです。

岩田

キョウキ性ですか?

油井

共に起こると書きます。

岩田

「共起性」(※6)ですね。
2つの言葉が共に起こるということで、
つまり、同時に検索される割合が高いもの同士に分類する、
そのようなアルゴリズムが使われているんですね。

※6

「共起性」=2つの言葉が同時に出現する割合のことで、2つの言葉の関連性の強さを表す。

油井

はい。日本語処理の世界では、一般的な言葉のようなのですが、
そのプログラムを使って、
それまでに入れたデータを全部並べ替えてみたんです。
すると違和感のないものになったんです。

岩田

たしかにわたしもこのソフトを実際に触ってみて、
言葉の組み合わせに対して、
こんなのぜんぜん合いっこないということは
ほとんど味わわずにすみました。
ちなみにいま、何語くらい入っているんですか?

征矢

1万語以上は入っています。

岩田

でも、あるときは自動化で処理をし、
あるときは人力で分類し、
さまざまな試行錯誤を繰り返しているなかで、
1年とちょっと前に、西村さんにとって
思い出したくない“暗黒の事件”が起こりましたよね。
そろそろその話題に入りましょうか。

西村

はい。あれは・・・いまから1年ちょっと前ですから、
2009年の1月頃のことです。
そのときはすでにデバッグ作業に入っていまして、
そろそろ完成だな、というところまできていました。

岩田

そこで大どんでん返しが起こってしまうんですよね。

西村

・・・はい。

岩田

どうぞ!

西村

え? わたしからですか(笑)。
えーっと、もともとはタイトル名が・・・
これだ!というタイトルになかなか決められなくて・・・。

岩田

そうでした。わたしが社長に就任して以来、
最もタイトル案を突き返した回数が多いソフトになりました。

西村

はい。本当に難産でした。
ただ、そんなことを繰り返しているうちに、
こんなにタイトル名が決まりにくいということは、
ひょっとしたらゲームの中身も
わかりにくいんじゃないかという話が出てきてしまったんです。
さらに、モードを増やしたのにもかかわらず
「ひとり用がまだ面白くない」という声が聞かれたり、
「AND検索というのがわかりづらい」という声が出てきて、
「このゲームをこのまま出していいのか?」というところまで
話が進んでいってしまいました。

岩田

そうでしたね。
そこで開発を一時的にストップするということが
現実に起こってしまったわけですが、
その判断がなされたとき、西村さんはどう思いましたか?

西村

それが・・・そのときの記憶がほとんどないんです。

岩田

え!? 記憶がないんですか?

西村

やっぱり相当しんどかったんだと思います。
というのも、ゲームセミナーの追い込みの
すごく忙しい時期とほぼ重なっていたんです。

岩田

自分の担当するソフトの開発がストップしてしまう、
その一方で、ゲームセミナーの生徒さんたちは
制作の最終段階に入っていて、
そのサポートも求められる状況でしたからね。

西村

はい。

岩田

西村さんから開発ストップの話をお伝えしたとき、
シフトさんにはどう聞こえました?
完成に向けて、
最後の追い込みをかけようかという時期でしたので、
「何を言うんだ、この人たちは!?」
という感じだったんでしょうね、やっぱり。

油井

はい。正直に言いますと、
わたしはこの業界で10年やってきて
7つくらいのタイトルを出してきましたけど、
このような経験をしたのは初めてのことです。

岩田

本当はあってはならないことなのですが。

征矢

でも、ほとんどマスターアップに近い状態であっても、
納得できなければ開発にストップをかけるという、
そういった任天堂さんの姿勢には、改めて驚かされました。