1. 『Wii Music』で耳が変わった

岩田

さて、今回は『Wii Music』が発売され、
宮本さんが海外にプロモーションに行ったり、
また新しい話が訊けそうなので、
あらためてみなさんに集まってもらいました。
サウンド関係の監修をした近藤さんは
前回の「社長が訊く」では欠席でしたしね。

近藤

そうですね。よろしくお願いします。

岩田

宮本さんは10月の後半に
ヨーロッパやアメリカに出張してきましたよね。
そのときの話を訊きたいんですけど、
向こうではどんな話をしてきたんですか?

宮本

たとえば、個人的に音楽が好きだという話とか。

岩田

宮本さんは学生時代にバンドをやっていて
趣味はギターの練習なんですよね(笑)。

宮本

もう30年くらい練習してます(笑)。
で、バンドって最初はコピーからはじめるんです。
あこがれのバンドがあって、好きな曲を耳コピーしたりして。
ところがマネばかりしてると、やがて頭打ちになる。
そこで、オリジナルの演奏を試みるようになって、
自分らしい表現ができるようになると
そこからがすごくうれしいんです、という話とかですね。

岩田

ええ、わかります。

宮本

こんな話し方もしました。
たとえば家にピアノを買ってきたとします。
まあピアノはなかなか簡単には買えませんけど・・・。
で、ピアノが家に届いたら
みんなでまず鍵盤を叩いてみるんですけど、
いきなりちゃんとした曲を弾くことは難しいですよね。
そこで、子どもがレッスンに行くことになると。

岩田

音は出せるんだけど、曲は弾けないんですよね。

宮本

ところが『Wii Music』を買ってくれば
5分もたつと、みんなで合奏できるんです。

近藤

しかも、楽器は60種類も入っていて
伴奏もつきますからね。

宮本

だから、『Wii Music』って
ものすごい進んだ、未来の楽器じゃないかなって。
誰にでも簡単に演奏が楽しめる
新しい楽器ができました、と
そんな話を向こうでしてきました。

岩田

宮本さんが行ったのは
フランスとイギリス、それにアメリカですよね。
国によって反応の違いってありました?

宮本

国の違いはそんなに感じませんでしたね。
ただ音楽教育に関しては、国によって違うみたいです。
日本ではみんなで縦笛を吹いて合奏したり
発表会でコーラスを合唱したりしますけど、
小学校で音楽の授業がほとんどない国もあるようです。

岩田

音楽の授業があまりない国の人たちは、
『Wii Music』を見てどう思うんでしょうね。

宮本

音楽に興味を持つきっかけとして
学校で使える可能性とか好意的な質問をしてくれる
記者が多かったですね。
でも、そういった話よりも、ヨーロッパを回っていて
すごく意外だったことがあって・・・。
なんか自分が変わったような感じがしたんです。

岩田

宮本さんが変わった・・・?

宮本

飛行機に乗ったり、タクシーに乗ったり、
街を歩いていると、
その国ごとの音楽が流れてるでしょ。
するとその国ごとの音の違いを感じたり、
自分の興味の無かったジャンルの音楽でも
妙にパートごとの音が耳に入ってくるんです。
自分の知っている曲が流れたときにも
「あれ、こんな編成だったっけ?」とか思ったりして。
もともと僕は音楽は好きですけど、
細かい編成まで気にしていなかったようなんです。
ところが、けっこう気になるようになって、
自分の耳が変わってきたみたいなんです。

岩田

これまで気にしなかったり、耳に入らなかった音が
聞こえるようになったんですね。

宮本

その後アメリカで、
NOA(Nintendo of America)のスタッフに
通訳を頼んだんですけど、
彼に「『Wii Music』はどう?」って訊いたら
「携帯音楽プレイヤーが変わった」って言うんですよ。

岩田

携帯音楽プレイヤーが変わった?

宮本

「パートがバラバラに聞こえてくるようになった」って。

岩田

宮本さんがヨーロッパで体験したことが
アメリカのスタッフにも似たような形で起こっていたんですね。
わたしもそうですが、音楽を聴くときって、
なんとなく曲の全体やメロディだけを聴いてるんですよね。

宮本

だから「おもしろいねえ」って
2人で盛り上がっていたんですけど。

岩田

それは『Wii Music』を触り続けることによって
アレンジャー耳が鍛えられるということなんでしょうか。

宮本

うーん、どうなんでしょう・・・(笑)。

近藤

宮本さんからその話を聞いて
僕もホントにビックリしました。
僕は小さい頃からエレクトーン教室に通っていて
その時に先生から
「普段から曲を聴いてても、
ベースの音を聴き分けられるようになりなさい」と
言われたことを思い出しました。
それから、いろんな楽器の音や音楽の構成が
わかるようになったんです。

岩田

近藤さんのように子どもの頃から
トレーニングをしていればまだしも、
50年以上もあまり意識しないで生きてきた宮本さんが
突然それに気づくというのがおもしろいですね。

戸高

僕自身は曲をつくりはじめてから
アレンジャー耳というか、
そういう感覚を意識できるようになったんですけど、
やっぱりそれなりの年月を経て
それなりの耳が出来上がるような感じなんですよね。
だから、何週間かでそういう変化が起こるというのは・・・。

宮本

不思議でした。
通訳スタッフの「携帯音楽プレイヤーが変わった」という話も
そこに入ってる全部の曲の価値が変わったということですからね。
僕自身も、打ち込み系の曲とそうじゃない系の曲を
すごくハッキリ区別できるようになってしまいましたから。

戸高

実は社員のひとりが、クリップを1回つくっただけで
そんな耳になったと言っていて・・・。

岩田

1回のクリップで?

戸高

ええ。もともとドラムをやってた人で
それまではドラムの音しか聞こえなかったそうなんですけど
それがサイドギターとかベースギターの音が
ハッキリ聞こえるようになったそうです。

岩田

たった1週間か10日触ったことで
音楽の聴こえ方が変わるっておもしろいですよね。
たぶん、限られた期間のなかでひとつの曲について
トライ&エラーを繰り返しながら、楽器を替えたり、
アレンジを変えたりするという体験を濃密にすることで
その部分の力がすごく短い期間で鍛えられるんでしょうね。

宮本

アンテナが立つような感じなんですよね。
プロは時間をかけて立てていくので
本物のアンテナが立つんですけど、
軽くポーンとアンテナが立つのがすごい不思議やなって。

岩田

これを読んで、宮本さんと同じように
自分にもアンテナが立ったという人が
いっぱい出てくるような気がしますね。