カメラが内蔵されたカートをNintendo Switchの画面を見ながら操作する、リアルとゲームが連動した新しい「マリオカート」である『マリオカート ライブ ホームサーキット』は、ハードとソフトのさまざまな技術を組み合わせて実現されています。私は、この開発プロジェクトでカートの電気・電子設計や駆動制御を担当し、安全性についての検証と対策も行いました。
このプロジェクトのメンバーの中には、ラジコンを開発した経験のあるスタッフはひとりもいませんでしたし、Nintendo Switchでまだサポートしていない開発中の機能を利用する必要もあり、多くの技術的なチャレンジがありました。さらに、無線でカートのカメラ画像をリアルタイムに取得しながら正確に操作するだけではなく、それを楽しい遊びとして成立させるためのハード・ソフト一体となった多くの工夫に取り組むことになったのです。
例えば駆動周りの開発では、カートに求める要素に「速度を上げたい」「どんな路面でも走らせたい」「長時間遊びたい」などがありました。
高回転のモーターなら速度は上がりますが、大きな電力を必要とします。ギア比を変えれば対応できる路面は増えますが、自転車の軽いギアのように速度が上がりません。世の中のラジコン向け電池を使えば高トルク(※)のモーターに電力供給して駆動できますが、さまざまな年齢のお客様に触れていただくための安全面の課題とカメラ等の信号処理への電圧変動による影響の問題があってそのまま使うことはできません。そこで、電力の供給能力と安全性・電圧変動をすべて満足できる駆動制御の仕様検討が必要となりました。
※トルク=回転させる力の大きさを表す語
また、タイヤに何かが絡まったりして、満足に加速できない状態でモーターに電圧印加すると大きな電流が流れて発熱し、発熱が続くとやけどなどの懸念が生じます。そのため、モーターの温度によらず危険な状態を検出して事前に電流供給を止める、ハードとソフトによる安全のための仕組みも必要でした。このように任天堂製品として成立させるためにさまざまな課題に直面したのです。
このような課題を私が担当している電気・電子設計だけでなく、筐体(きょうたい)設計を担う機構設計者やシステム開発を担うソフトウェア技術者と連携して解決しました。例えば、どのような電池やモーターを使ってどの電力効率で使うのがよいか、どのような筐体やギアを使ってどう制御するかを世の中のラジコンとはまったく異なる基準で試行錯誤し決定しました。
実際に設計仕様が決まった後は、カートの試作品を用いて膨大な数と種類の実機検証を進めました。社内に、カーペットや畳、フローリングなど、実際にお客様が遊ばれる可能性のある状況を想定したさまざまな床のテストコースを作り、路面の走破性、加速性能、最高速度について検証をしました。そのようにして、一般的なご家庭の環境で遊んでいただける設計となるように、検証を繰り返して設計品質を向上させていきました。
結果、多くの路面でゲーム性を満たす速度で走行でき、約90分稼働する、そして安全に遊んでいただけるような製品に仕上がっていきました。
ハードウェアの試作品が完成し、システムが動き出すとさまざまな課題が発生しました。
例えば、ある条件でアップデートに失敗する症状がありました。原因はデータの送り方なのか、受け取った後の処理なのか、書き込み時なのかなど、可能性は多岐にわたりました。私はNintendo Switchからデータが送られ、アップデートが完了するまでの一連の挙動をハードウェアの観点から観測して、いつデータが破損しているかを特定し、システム開発者と協力してソースコードを一行一行レビューすることで原因となる処理を突き止めて解決しました。
お客様のプレイ体験を向上させ、楽しく遊んでいただくために、任天堂のハードウェア開発では、ハードとソフト、そして、製品の製造を担う技術者とも強く連携して、量産される製品の完成度を粘り強く高めていきます。この幅広い技術領域の連携によって多くの専門知識に触れることができ、エンジニアとして成長の機会が多いということも、この会社で働く魅力と考えています。