もともと私は、フランスにあるゲーム会社で働いていましたが、日本語ができるということもあり、東京支社でローカライズの仕事をすることになりました。その後、日本のベンチャー企業に転職したのですが、その会社は日本人向けにモバイルゲームなどを作っていたんですね。しかし、私としては日本向けだけではなく、もっと国際的な仕事ができる会社で働きたいと思うようになり、自分の過去の経験を活かすことのできる任天堂に入社することになったのです。
入社して担当することになったのは、スマートデバイス向けのゲームアプリ『ドラガリアロスト』です。このゲームは株式会社Cygames様と任天堂が協力で開発した、4人のキャラクターがクエストを進めていくというアクションRPGです。私は海外でこのアプリをリリースするために、テキストの翻訳だけでなくシナリオや描写など、広い意味でのカルチャライズを担当することになったのです。
『ドラガリアロスト』はもともとアジア市場を念頭に作られたゲームでしたが、米国ユーザーにもより楽しんでもらえるように色々と工夫しました。特に、それぞれのキャラクターの個性を米国プレイヤーに上手く伝えるように口調、表現、アクセントなどを考慮しました。例えば「ヤチヨ」という独特な語り口の女侍キャラクターがいますが、英語では完璧に表現できる口調がありません。その代わりに、アメリカ最南部の話し方とアクセントに設定することで同様な雰囲気と性格を表すことができたかと思います。
開発の段階だけでなく、運営においても米国ユーザーを意識するように努めました。日本語をそのまま翻訳すると普通の表現になってしまうので、例えば「ナーム」というナビキャラは、米国向けに好まれやすい少しコミカルな感じで書きました。あるゲーム内イベントで、ナームが「わぁ……!」とびっくりするシーンがあります。英語では、本来は「Wow!」などで翻訳しても十分通じますが、あえて「SWEET SASSY MOLASSY!」という大げさな驚きの表現にしました。そのちょっと変わった翻訳のおかげで、米国SNSでとても良い反響をいただき、プレイヤーのコミュニティなどでかなり盛り上がりました。また、数か月後ナームが主人公となっているエイプリルフールのミニゲームで、「ふつう」「むずかしい」「ナイトメア」という難易度がありました。普通に英訳すれば「NORMAL」「DIFFICULT」「NIGHTMARE」になりますが、ここはあえて「SWEET」「SASSY」「MOLASSY」にすることで、更にユーザーの盛り上げに繋がりました。
もちろん自分の意見だけではなく、Nintendo of America(米国任天堂)およびNintendo of Europe(欧州任天堂)のチームメンバーの意見も取り入れるように常に相談してきました。また、開発チームでシナリオやデザインに関わる方々への情報共有を目的に、海外でのゲーム表現についての勉強会も開いたりしました。
そこまでカルチャライズを重視したのは、世界中の誰もが安心して遊べることが求められていることもありますし、今回の『ドラガリアロスト』を世界で受け入れてもらうためには、どうしても必要なことだったんですね。Cygames様にいろいろと柔軟に対応していただいたおかげもあって、日本とアメリカで同時にリリースすることができたときは、カルチャライズ担当としてほっと胸をなで下ろしました。