通訳コーディネートの業務に携わる私が、任天堂に入社したのはNintendo Switchが発売される前年の2016年のことでした。新ハードをご紹介するために、国内では東京、欧州ではフランス、ドイツ、イギリス、そしてアメリカでもイベントが行われることになり、関係者はその準備に追われていました。入社したばかりの私は、任天堂本社と海外子会社のイベントチームのやりとりを通訳するほか、フランスで開かれたNintendo Switchのイベントでは、実際に現地に赴き、通訳の仕事だけでなく、会場の設営にも関わりました。
通訳コーディネートの仕事では、本社と海外子会社との重要なミーティングに同席することもあれば、メディアによるゲーム開発者インタビューに帯同するほか、取引先とのミーティングの通訳を担当することもあります。また、海外の開発会社と協力して行うゲーム開発においては、企画段階から完成するまで、プロジェクトの一員として参加するなど、さまざまなケースがありました。そんななか、私が現在関わっている通訳の仕事は、ちょっと特殊な例になるのかもしれません。
任天堂はハードやソフトなど、さまざまな製品を開発しており、これらを世界中で販売するためには、Nintendo of AmericaやNintendo of Europeなどの海外子会社に、ゲームをきちんと理解してもらう必要があります。理解を深めてもらうためには、プロジェクト開発者による、自身の想いを伝えるプレゼンテーションが欠かせません。私はそのプレゼンテーションの通訳を任されることが多くあります。
このようなプレゼンテーションが特に必要になるのは、新しいIP(Intellectual Property)を扱った製品のケースです。開発者には、自分たちが育ててきた製品で、世界中のお客様に笑顔になっていただきたいという熱い想いがあります。しかしながら子会社のスタッフに製品の魅力をきちんと理解してもらえなければ、その先にいらっしゃるお客様にも魅力がきちんと伝わりません。まさにプレゼンテーションに製品の命運がかかっていると言っても過言ではないのです。
そこで、プレゼンテーションの事前準備が非常に重要になります。通訳者として発表者へのヒアリングはもちろん欠かせませんし、その企画に対する思い入れや、どの部分をいちばん強調したいのかについては、事前にすり合わせをします。また、発表者とリハーサルを行うこともあり、それができないときは、私がひとりで本番に向けた練習を何度も行って、本番でスムーズに通訳できるように口を慣らしておくことも怠りません。ただ、プレゼンテーションを成功に導くための最大のポイントは、“開発者の熱い想いを通訳する”ということだと私は考えています。
あるとき、ひとりの発表者から「開発者の熱意を、英語でも同じくらい熱く語ってくれたら、通訳者に対する信頼度が上がりますよ」とアドバイスされました。それ以来、私はできるだけ発表者の抑揚の真似をするようにし、とくに強調したいところでは、表情だけでなく身振り手振りも交え、感情を込めて通訳するようになりました。それでも「今日の通訳は満点だった」と思うことはありません。反省を繰り返してばかりですが、場数を踏みながら経験値を上げていくことで、より良い表現がその場で浮かぶことも増えてきて、通訳という仕事の醍醐味を味わえるようになってきたように感じています。