岩田
ちなみに今作の『新・紋章の謎』は、
どういうキッカケで、どのようにはじまったんですか?
成広
実は、前作の『新・暗黒竜』をつくりながら、
今回の『新・紋章の謎』の制作の準備も進めていたんです。
というのも、元になったスーパーファミコン版の『紋章の謎』には、
前半が『暗黒竜』で、後半が『紋章の謎』と
2本分のソフトが入っていたんです。
そこで、ぜひとも後半部分のお話も
お客さんに遊んでいただきたいという想いがありましたので、
リメイクしてすぐに出すつもりだったんです。
でも、そのままのかたちで出すのは難しいという結論になりました。
前田
というのは、物語的には『紋章の謎』の後半部分の話ですので、
前作を遊んでいない人には
「関係ない」と思われてしまう可能性があったからなんです。
しかも、それだけでも敷居が高いのに、
『エムブレム』のことを知らない新しい人にも、
遊んでいただけるような仕組みができていない状態で、
後半部分の話だけをパッケージで出すのは
適切ではないだろうということが理由でした。
岩田
そこから、どのように打開策を見いだしたんですか?
前田
単純なリメイクにするのではなく、
まったく新しい『エムブレム』をつくることにしました。
もちろん、ベースにするのは『紋章の謎』ですが、
それは土台にすぎなくて、
そのうえにこれまでにない、新しいものを乗せようという取り組みです。
そこで、新しい面白さを入れるために、
任天堂さんと協議をしながら、開発を進めることになりました。
岩田
その協議の過程では、どんな話が出ていたんですか?
成広
大きく言いますと、2つの問題が出てきました。
ひとつは、初心者の方のために間口を拡げるためには
どのようなことをしたらいいのかということ、
そして、いちばんの論点になったのが
「失った仲間を復活させるかどうか」ということです。
先ほども言いましたが、
前作で、セーブポイントを増やしたものの、
それがリトライの苦労を緩和させるために
うまく機能したようには思えなかったんですね。
そこで、「失った仲間を復活させるかどうか」について、
数カ月にわたる議論になったのですが、
僕はちょっと離れたスタンスで見ていまして、
樋口が当事者として、任天堂さんとやりとりしていたんです。
岩田
では、当事者の樋口さん、
どのような議論があったのか、訊かせていただけますか?
樋口
はい。任天堂さんから提案されたのは
「ひとりでも多くのお客さんに楽しんでいただくために、
一度倒されてしまったキャラクターでも、
次のマップで復活できるようにするのがいいのではないか」
ということでした。
その言葉を聞いたとき、最初は
「そのようなことをすれば『エムブレム』じゃなくなる」と
僕は思いました。
岩田
復活できないからこそ緊張感も生まれると、
長年、信じてきたわけですからね。
樋口
そうなんです。
それが『エムブレム』の最大の魅力であり、特徴だと思っていたんです。
ですから僕としては「ここは絶対に譲れない」と思いましたので、
それから長い間、任天堂さんと激しい議論になったんです。
成広
議論は毎日のようにやってましたね。
ときには夜遅くまで。
岩田
そういった議論は前作のときもあったんですよね?
成広
前作だけでなく、それ以前からもありました。
実は過去のタイトルでも、復活するシステムを何度か実装して、
その結果、消えていったようなこともあったんです。
樋口
そうでしたね。
そもそも僕が入社した直後に関わった『聖戦の系譜』のときも、
そのような議論というか、仕様変更する動きがあったんです。
岩田
『聖戦の系譜』は、何年前でしたか?
樋口
1996年発売ですから、14年前ですね。
そのときは仕様書の段階だったんですけど、
「5回までは倒されてもOK」と書かれていたんです。
それを見た僕は、当時のディレクターに対して
「そんなことをしたらダメです!」と文句を言ったんです。
岩田
この話を聞くと、この議論は、本当にずいぶん長い間
続いてきた議論だったことがわかりますね。
そして、その当時新入社員だった樋口さんが、
入社早々にディレクターに注文をつけたんですか(笑)。
樋口さんは、当時、それくらい『エムブレム』ファンだったのですか?
樋口
いいえ。入社するまで
『エムブレム』は一度もやったことはありませんでした。
岩田
えっ、そうだったんですか。
樋口
入社してから、発売されたばかりの
『紋章の謎』を触る機会がありまして、
それが本格的に初めて触った『エムブレム』だったんです。
ただ、会社のなかでプレイしていると、僕の後ろにたくさんの人が集まって、
「そこはこうしろ」とか、すごくうるさかったんです。
岩田
『エムブレム』に関しては
一家言ある人ばかりが会社にいるので、
黙ってひとりでやらせてはもらえなかったんですね(笑)。
樋口
そうなんです(笑)。
でも、そこで初めてプレイして
僕自身が『エムブレム』の魅力にとりつかれてしまったんです。
RPGでは倒されても生き返るシステムがあったりしますけど、
「倒されてしまった仲間は復活しない」というシステムこそが
このゲームに緊張を生み、最大の魅力だと思うようになりました。
岩田
それで、14年前に「復活はダメです」と注文をつけ、
今回も、「そこはどうしても譲れないポイントだ」と思ったんですね。
樋口
はい。そこは絶対に譲れないと思いました。
ところが、任天堂さんと議論をしていくなかで、
初めてのお客さんにとっては
「倒されたら生き返らない」という話を聞いただけで、
敬遠されてしまうのではないかという話が出てきました。
前田
そもそも初めての人は、仲間が倒されたときに、
リセットしてやり直すという方法をご存じなかったりしますし。
樋口
ですから、初心者の方でも気楽に遊んでもらえるようにと、
あくまで初心者向けの救済策として、
仲間が倒されても、次のマップで復活するモードを
「ハード」や「ノーマル」といった難易度のひとつとして
試しにつくってみることにしたんです。
岩田
つまり、いくつかの難易度が選べるようになっていて、
そのなかで、初心者向けのいちばん易しいモードでは、
仲間が倒されても復活できるようにしてはどうかを
試してみることになったんですね。
樋口
はい。
岩田
そうやって樋口さんが任天堂とやりとりしているとき、
前田さんはどのようなスタンスだったんですか?
前田
僕も初めて話を聞いたときは、
もともと『エムブレム』のファンだということもあって、
樋口と同じ考えだったんです。
岩田
倒れた人が復活するのには、当然反対だったんですね。
前田
そうです。
でも、その一方で、成広から常々言われていることなんですけど、
「開発者は、客観的になるべきだ」という話を聞いていたんです。
岩田
つまり、ファンとしての視点だけではなく、
いろんな視点で見なさい、と言われていたんですね。
前田
はい。そこで、社内の何人かのスタッフに協力してもらい、
試作版のテストプレイを重ねていきました。
すると、メンバーのなかに、
それまで『エムブレム』をやらなかったテストプレイヤーがいまして、
「自分は『エムブレム』を遊ばないけれども、
このモードだったら、わたしにも遊べるかもしれない」
と言ってくれた人がいたんです。
その話を聞いて、これまで『エムブレム』を敬遠していた人たちにも、
「これならわたしにもできるかも?」と思ってもらえるかもしれない
というところに、可能性を感じるようになったんです。
そこで、わたしは途中から寝返りまして(笑)、
だんだん樋口を説得する側になっていったんです。
岩田
実際に、仲間が復活するモードをつくってみて、
そのとき樋口さんはどう思いましたか?
樋口
実際に試してみてはじめて、
“初心者のための入門編”としてはいいのかもしれないと思いました。
初心者の方には、まずそのモードをプレイしていただき、
そのあとで、より緊張感を楽しめる「ノーマル」や「ハード」で
遊ぶようなスタイルもあるだろうと思ったんです。
でも、そう考えるようになったのは
前田から説得されたからではないのですが(笑)。
一同
(笑)
樋口
そういうことで、議論はひとまず終了したのですが、
まだまだ続きがあったんです。
岩田
『エムブレム』にとって長年続いてきたこの議論は、
さすがに簡単には終わらなかったんですね(笑)。
樋口
はい(笑)。
今度は、モードの位置づけをどうするかという議論になりました。
前田
これまで通り、仲間が復活しない遊び方と
仲間が倒されても復活できる遊び方のどちらかを、
難易度を選んだあとに選択できるようにしてはどうか、
という提案が、議論の中で出てきたんです。
樋口
すでに仲間が復活するモードを実装して
難易度のひとつとして機能していましたので、
それで十分なのではと思っていたんですけど、
よくよく話を聞いてみると、
かつて『エムブレム』を楽しんでいただいていた方々が
久しぶりに今作を遊ぼうとなったときに、
「一番易しい難易度で遊びたい」とは思われないはずなんですけど、
その一方で、その方々全員が、
倒れたらリセットするような“超ストイックなプレイ”は
なかなかできないのではないかということが、
この提案の理由だったんです。
岩田
たしかに、かつて楽しんだお客さんは
『エムブレム』の遊び方をよくご存じなわけですから、
手軽に遊びたかったとしても、初心者向けの難易度では
きっと満足できませんよね。
樋口
そうなんです。そこで、初心者の方だけでなく、
かつて『エムブレム』を遊んだ方にも
今作を手軽に楽しんでいただきたいということで、
仲間が復活するかどうかは、難易度のひとつではなく、
遊び方の選択肢とする意見を、最終的に採り入れることになりました。
そして、仲間が復活するモードには、
初心者だけでなく手軽に楽しみたい方全てに向けたモードとして
「カジュアルモード」と名づけ、
また、これまで通りの遊び方には「クラシックモード」と名づけました。
岩田
「クラシックモード」というのは
“伝統的なモード”という意味なんですね。
樋口
はい。
結果として、難易度は4段階から選ぶことができて、
さらに、お客さんのシチュエーションによって
お好みのモードを選べるようになりましたので、
いろいろなお客さんに遊んでいただけるようになりました。
途中いろいろありましたが、
長い間、議論した甲斐はあったなあと思っています。
岩田
その議論はどのくらい続いたのですか?
樋口
およそ4カ月です。
岩田
長年の議論にようやく決着がついたわけですが、
やっぱり長かったですね(笑)。
樋口
ええ、本当に長かったです(笑)。